第21話 部室で昼寝をする彼氏を発見した時の彼女の反応。
「すっかり遅くなっちゃったな……
早足で廊下を進む
今日は放課後になるなり友人に捕まってしまい、文芸部室に行く時間がだいぶ遅れてしまった。
交友関係を大事にする結朱としては、友人の誘いを無下にすることもできない。
大和もそれは分かってくれているが……やっぱりちょっと申し訳ないのが結朱の心情だ。
部室棟を進み、誰にも見つからないように文芸部室の前に来る。
鍵を開けると、こっそりと室内に入った。
「お待たせ、大和君。ごめんね、遅くなって……あれ?」
部室に入るなり、異変に気付く。
大和はゲームをやるでもなく、机に突っ伏して眠っていたのだ。
「待ちくたびれて眠っちゃったんだ」
そう思うと、やっぱり申し訳ない……が、それと同時に、
「そういえば、結局写真送ってくれなかったし、今のうちに撮っちゃお」
結朱はスマホを取り出すと、カメラを起動してパシャッと撮影する。
シャッター音で起きるかと思ったが、大和の眠りは深く、身じろぎ一つしなかった。
「どこまでやったら起きるかな」
悪戯心に突き動かされるがまま、そっと大和の顔に手を伸ばす。
指で頬をつついてみると、ぷにぷにとした感触がした。
「意外とマシュマロほっぺ……ちょっと羨ましい」
妙に癖になる感触だ。つい連打してしまう。
「ん……」
と、あまりにもつつきすぎたか、大和が小さく呻いた。
「………………っ!」
慌てて指を引っ込めると、彼は再び穏やかな眠りに戻った。
「ふう……びっくりした」
また眠りが深くなるまで、触るのはやめておこう。
「けど……」
こうして寝ていると、素直な顔をしている。
起きている時の大和と言えば、面倒そうな顔をしていたり、鬱陶しそうに顔を歪めたり、嫌そうに溜め息を吐いたりと、仏頂面ばかりしているというのに。
「……あれ? 私といる時の大和君、苦々しい顔してる時のほうが多くない?」
少し複雑な気分になる事実に気付いてしまった。
「いやまあ……ツンデレなだけだし、うん」
呟き、自分を誤魔化す結朱であった。
ただ待っているのも手持ち
ミニドーナツのパックを開けた彼女は、そこでふと一つの思いつきに至る。
「……これ、食べるかな」
思い立ったら吉日。
結朱はミニドーナツをそっと大和の唇に押し当ててみる。
「ん……む……」
小さく
「なんかすごい達成感……!」
普段、素直じゃない大和がこうして大人しく餌付けされているのを見ると、なんというか、人に懐かない野良猫が喉を撫でさせてくれた時のような、そんな感慨深さがある。
と、そんな感慨に浸っていたせいか、結朱を予想外の事態が襲う。
「ん……はむ……」
ミニドーナツを食べ終えた大和が、今度はそれを持っていた結朱の指まで口の中に入れたのだ。
「え……や、大和君?」
想定していなかった事態に、思わず硬直する結朱。
その間にも、大和は結朱の指を甘噛みしてきた。
「あうっ……!」
どうしよう。なんかすごく恥ずかしい。
「あむ……ん……?」
大和も無意識に自分が口に入れているのが食べ物じゃないと気付いたのか、探るように舌で指先を撫でてきた。
すると、ものすごくゾクゾクするような感覚が結朱に走る。
「はう……!?」
くすぐったいような、でも気持ちいいような独特の感触。
「も、もう無理……!」
それがなんだか恥ずかしくなった結朱は、顔を赤くしながら指を引き抜く決意をする。
「ん……ふわ……?」
――だが、神というのはなんと残酷なものか。
結朱が指を引き抜くより一秒早く、大和が目覚めてしまった。
「………………」
「………………」
なんとも言えない硬直した空気が場を支配する。
その間に、最初は寝ぼけていた大和の瞳が大きく見開かれた。
「な、何やってんの……お前」
当然のごとく、ドン引きした口調で問いかけてくる大和。
「い、いやこれは……!」
慌てて言い訳を考えようとする結朱だったが、色々と動揺する出来事が重なったせいで、頭が真っ白になってしまった。
そうこうしているうちに、大和が新たな異常に気付く。
「え、なんか口の中が甘いんだけど。結朱……お前、お菓子で出来てたのか!?」
「違うよ!? ええと、順を追って話すと、まず大和君のほっぺたがマシュマロみたいだったから、つい――」
「マシュマロ……え、俺もお菓子で出来てたの!?」
「違うよ!? ただ、なんていうか普段は苦々しい顔をしてるから――」
「そうか……マシュマロなのに苦いのか。俺は失敗作だな」
「どこで落ち込んでるのさ! 比喩表現だから! 確かに私が悪かったけど、そんな人を食ったようなことばっかり言わなくてもいいでしょ!」
「さっきまで結朱の指を食ってただけにか?」
「誰がうまいことを言えと! ああもう、さてはまだ寝ぼけてるね!?」
大和が完全に目覚めるまで、出口のない問答は続くのだった。
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