第20話 夜の電話でひたすらいちゃつくタイプのカップル。
「ふぅ……宿題終わりっと。まだ八時半か」
金曜夜の自室。
学校で出された宿題を終えた俺は、椅子の背もたれに寄りかかって、ぐっと伸びをする。
今日は
「明日から祝日込みで三連休だからって、すげえ量だったな……」
まあそれも終わったし、三連休はゲームやり放題だ。
なんなら、明日からと言わず今からでも――。
俺が文芸部室のレトロゲームとは違う、自前の最新ハードに手を伸ばしかけた時だった。
不意に、スマホから着信音が鳴り響く。
「誰だ、俺に電話なんて奇特な真似をする奴は」
自分で言ってて虚しくなるぼっち台詞である。まあ、誰からの電話かは予想つくけど。
「はい、もしもし?」
『あ、もしもし
やはりというか、通話口から聞こえてきたのは結朱の声だった。
「おう。どうした? なんか用か」
『用がなくちゃ彼氏に電話しちゃいけない?』
「いや、いけなくはないな。ただ俺はこれからゲームをやるつもりだから切るわ。じゃあ火曜に学校で」
『おーい! 彼女から掛かってきた電話を何あっさり切ろうとしてるのさ! しかも、結構あざとい台詞言った直後に!』
電話を切ろうとした瞬間に、すごい勢いでクレームが入った。
「あざといって自覚はあったのか……」
『ありましたとも。自覚がなければ普通こんな台詞言えないからね。かなり可愛く思われようとしてる女の台詞だよ、これ』
「計算高い割に正直だな。いいだろう、その堂々とした腹黒さに免じて付き合ってやる」
なにより、ここで切ったらむくれそうだし。
『なんか引っかかるけど……まあいいや。大和君、今なにしてたの?』
「宿題やってたところだ。ちょうど終わったけど」
『そうなんだ。私もさっき終わって、今コーヒー飲んでるとこ』
行動がシンクロしたのが嬉しいのか、結朱の声は少し弾んでいた。
『ねえ、大和君もコーヒー飲まない?』
「なんでだよ」
『なんていうか、同じ時間を共有してる感が生まれるじゃん?』
「まあいいけど……缶コーヒーならちょうどあるし」
勉強のお供に用意しておいたエメラルドマウンテンのプルトップを、片手で開ける。
『ありがと。どう? 私と同じ時間を共有してる喜び、味わえてる?』
「はいはい。世界一の幸せ者ですよ」
いつものナルシスト台詞を軽く流しながら、甘いコーヒーを一口
『うんうん。じゃあ、そんな幸せ者な大和君にもう一つプレゼントをあげよう』
「は? プレゼント?」
なんだと思っていると、ピロリンと何かの着信音が聞こえてきた。
スマホの画面を確認すると、画像付きメッセージが結朱から送られてきている。
「なんだよ、これ……」
『いいからいいから。開けてみて?』
言われるがままに開けてみると、画像は今撮ったと思われる結朱の自撮り画像だった。
部屋着らしきラフなTシャツを着て、コーヒーの入ったマグカップを持っている、普段とは違うリラックスした雰囲気の一枚である。
「なんだよ、これ」
さっきと同じ台詞を繰り返す俺に、結朱は通話口の向こうで楽しそうに笑った。
『だからプレゼントですよ。結朱ちゃんのプライベートな一枚。感激した? 感激したならスマホの待ち受け画面にしてくれてもいいよ?』
「何故……」
『ないとは思うけど、浮気防止のために一応ね!』
「それで彼女いるアピールしろってか……信用されてねえな、おい」
それらしき行動はしていないというのに、この信用のなさはなんだ。
『いやいや、大和君の非モテっぷりはちゃんと信用してるけど、それでも不安なものなんですよ』
「どこを信用してくれてんだよ。もっと俺の人格面を評価しろ」
『評価してるよ。コミュ力なし。気遣いなし。女子を紹介してくれるような友達もなし。うん、浮気できない人格だね!』
「お前は本当によくそんな奴と付き合ってるな!」
短所の塊か、俺は。
俺自身の名誉のため、ここは訂正しなくてはならない。
「もっとこう、俺が浮気しないのは一途だからとか……いや、別に惚れてないのに一途もないな。じゃあ誠実だからとか……いやでも本物の彼氏でもないのに、そこの誠実さっているか? なら、結朱より魅力的な女がいない……いや、いるな。性格面ではかなり」
『大和君? なにブツブツ言ってるのさ』
不思議そうな結朱に、俺は晴れやかな気分で答えた。
「うん、冷静に考えてみたけど、機会があったら浮気するわ、俺」
『おーい! 何とんでもない結論に達してるのさ!』
「本当にすまないと思っている。だが許してほしい。検討の結果、俺を引き留められないお前に非があった」
『すごい理屈持ってきたね!? よくそれで人格面を評価してくれって言ったものだよ!』
それに関してはぐうの音も出ない。
「まあ冗談だ。元々、お前と付き合う気もなかったくらいだしな、安心しろ」
『それは分かってるけど……でもやっぱり不安だから待ち受けは変えておいてね』
「はいはい」
苦笑しながらも頷く俺。
ちょっと小っ恥ずかしいが、それで結朱が安心できるというのなら是非もない。
『ねーねー、大和君は私に写真くれないの?』
と思ったら、また面倒なこと言い始めたな。
「いらないだろ、俺の写真なんて……」
自撮りとかやったことねえし。
『えー、私の浮気は心配じゃないの?』
「大丈夫。俺は付き合ってる相手を無意味に疑うような酷い真似はしないから」
『棘があるね!』
痛烈な皮肉に呻く結朱。はは、いい気味だ。
『んー……それならさ、大和君の部屋の写真送ってよ』
俺の写真を諦めたのか、結朱は要求を変えてきた。
「部屋の写真?」
『うん。大和君ってどんな部屋に住んでるのかなーって』
「まあ、それくらいならいいけど……特に面白みのない普通の部屋だぞ。ちょっと待ってろ」
俺はスマホのカメラを起動すると、適当に部屋の一角を撮影する。
ゲーム機とテレビ、本棚とその上に置かれた折り鶴だけがある、男子高校生として普通の部屋だ。
写真を撮ると、結朱に送る。
『あ、来た。へー、こんな感じになってるんだー。本当に普通の部屋だね! もっと伝説の剣のレプリカを置いてたりとか、そういう痛い中二病の痕跡とかないの?』
「ねえよ。俺はRPGの世界観を現実には持ち込まない男だ」
『じゃあ、ついでに隠してるえっちな本とか撮って送ってよ。表紙だけでいいから』
「誰が見せるか!」
『あ、やっぱりない、とは言わないんだね』
「おおぅ……誘導尋問のプロか、お前は」
『初歩の初歩だったけど』
俺に都合の悪い流れだ。話を変えよう。
「そういう結朱の部屋こそ、どんな感じなんだ?」
『露骨に話を逸らしたね。まあ、すごい性癖とか出てきても困るし、乗ってあげましょう』
すごい性癖なんかねえよ。俺は至ってノーマルだ。
そう言いたい気持ちをぐっと押さえて、結朱が写真を送ってくるのを待つ。
『はい、お待たせ』
やがて、結朱の言葉とともに一枚の写真が送られてきた。
入り口近くから撮ったのか、だいたい部屋の全景が見える。
綺麗に整理整頓されており、調度品も可愛らしいパステルカラーで統一されていた。
目を惹くのは、ペン入れや小物入れなど、小物入れ的なものに全てマグカップを使っていること。
「やたらマグカップが多いな。好きなのか?」
『うん、割と。可愛いのがあると、つい買っちゃうよね』
「へー……意外だな」
少なくとも、学校で会ってるだけでは分からない趣味だ。
こうして電話することで、新たな一面が見えた気がする。
『やっぱり、こうやってたまに夜に電話するのっていいね。お互いのこと、色々分かるし』
結朱もちょうど同じことを考えていたのか、少しくすぐったそうな口調でそう言った。
「……確かにな」
俺も素直にそれを認めると、結朱はくすりと小さく笑った
『そうだ、今度一緒にマグカップ買いに行かない?』
「いいけど……まさかペアのマグカップか?」
『もちろんですとも。またこうやって電話しながら、ペアのマグカップでコーヒー飲むのもいいと思うのですよ』
「まあ、お前がいいならいいけど……」
ちょっと恥ずかしかったが、結朱の声が割と乗り気だったので、なんだか断るのも無粋に思えてしまった。
『やった。じゃあ、いつ買いに行く?』
「ちょうど明日から三連休だし、そのどれかかでいいんじゃね?」
『あ、ごめん。それ全部友達と予定入っちゃってる』
申し訳なさそうに声のトーンを落とす結朱。まあ人気者のリア充だし、そういうこともあるだろう。
「じゃ、火曜日の放課後だな」
『うん、了解。けど、うーん……』
同意しておきながらも、妙に歯切れの悪い結朱。
「なんだ? なんかまだ問題でもあるのか?」
『問題っていうか、そうなると今日の放課後から合わせて三日半も大和君と会えないんだなって』
「まあ、そのくらいなら普通じゃね」
『えー……寂しいし』
拗ねたような口調の結朱。電話の向こうで唇を尖らせているのが目に浮かぶ。
「しょうがないだろ、予定合わないんだから」
『そうだけど……』
そう言ってから、少しだけ間を開けて、結朱はぽつりと呟く。
『会いたいな』
「……今からか?」
『ううん。さすがに女の子が出かけるには遅い時間だし……今日は無理だけど』
「ま、そうだな」
『………………』
「………………」
『…………………………』
「…………………………分かった。俺が今からお前の家の前まで行きます」
無言の圧力に負け、俺はギブアップをした。
『ほんとっ?』
パッと明るくなる結朱の声。
「また白々しい……お前、相手が俺じゃなかったら完全に面倒臭い女認定されてるぞ」
見えないとは分かっていても、俺は思わずじと目をしてしまう。
『大和君なら平気なんだ?』
「……ま、ずっと宿題やってて、身体動かしたいところだったしな」
『あはは。白々しいのはどっちだよ、このツンデレめ』
「うるせ。そっち行ったらデコピンしてやるから覚悟しとけ」
『きゃー、怖い。じゃあ、待ってるからね』
「おう」
通話を切り、一つ溜め息を吐いてから上着と自転車の鍵を手にする。
「まったく、大変な彼女を持ったもんだよ……」
一人呟いてから、ふとテレビの画面を見ると、そこに反射した自分の顔は意外にも口元がにやけていた。
「なに笑ってんだか」
少し恥ずかしくなった俺は、そう自分を
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