第18話 季節外れの花火を楽しむカップル。
「ねえ
いつも通りの文芸部室で、唐突に
「花火? お前、今の季節を知ってるか? ガッツリ秋だぞ」
たまに小春日和はあるものの、結構涼しくなってきている今日この頃である。
しかし、結朱は俺の指摘も意に介した様子もなく笑った。
「だからこそ、だよ。見て、この花火。近所のスーパーでただ同然の処分品にされてたんだ」
「また随分怪しいものを……まあ買ってきたんならしょうがないか。もったいないし、やろうか」
「そう来なくちゃ! 学校でやったら停学食らうし、公園行こうよ!」
「了解。途中でバケツと着火道具を買わなきゃな」
俺は荷物をまとめると、結朱と一緒に学校を後にする。
秋も深まってきたこともあり、日が暮れるのは随分早い。
俺たちが学校を出た頃にはまだ赤かった空は、公園に着く頃にはすっかり暗く染まっていた。
「うん。誰もいないし、いい花火日和だね」
「満足そうにしてないで準備を手伝え」
楽しそうな結朱をよそに、俺はバケツに水を汲み、ろうそくにライターで火を点ける。
「よし、早速やってみるか」
「うん。はい、大和君のはこれね」
結朱は花火を二本掴み、そのうちの一本を俺に渡してきた。
二人でろうそくの火に花火を近づける。
先端に火が燃え移ったと思うと、すぐに中の火薬に着火して緑色の火花を噴き出した。
――結朱の分だけ。
「わ、綺麗。やっぱりいいね、花火って」
美しい火の色にご満悦の結朱の隣で、俺は顔をしかめた。
「うーん、俺のは湿気ってるな、これ」
「運がなかったね。まあ安売りしてたものだから仕方ないか。まだまだあるし、一本くらい湿気ってても問題ないって」
そう言って、結朱は俺に次の花火を渡してくる。
気を取り直して、再びろうそくの火に近づけた。
すると、今度は火薬に着火した途端、勢いよく火花が噴き出す。
「おお、よかった。今度は当たりだ」
「やったね、大和君。あ、私のはもう終わりだ」
俺の花火に火が点いた直後、結朱の花火が枯れるように火の噴射を止める。
彼女はすぐに新たな花火を掴むと、いまだ勢いよく火を噴く俺の花火に近づけてきた。
「大和君。火、分けて」
「おう」
結朱の花火に大量の火花を浴びせる。
すると彼女の花火もまた綺麗な火を咲かせ――五秒もしないうちに鎮火した。
「うわ、私のも湿気ってた。もしかしてこれ、外れの確率高い?」
「安かろう悪かろうの典型だな……」
こうも勢いを
俺が内心でちょっと困っていると、一方の結朱は何かを思いついたかのようにぽんと手を叩いた。
「うーん……よし! いっそのこと勝負にしようか!」
「勝負?」
俺が首を傾げると、結朱は楽しそうに頷いた。
「そう。お互いに五本着火して、当たりの花火が多かったほうが勝ち。負けたほうは罰ゲームね!」
「なかなか面白いこと考えるじゃねえか。望むところだ」
こういうちょっとしたトラブルでも、ちゃんと楽しいことに変えようとしてくれるのは、結朱の長所だ。
「よし、俺が勝ったら明日お前に一人でレベル上げをしてもらおうか」
緊張感を煽るため、先に罰ゲームを宣告する。
「分かった。じゃあ私が勝ったら次のデートで高級フレンチを奢ってもらおう!」
「俺の罰と桁が違わないか!?」
「こういうのは先出ししたほうが割を食うものだよ! むしろ私と高級フレンチでデートできる幸せを噛みしめて?」
マジの目をしてやがる……これは負けられない!
俺の緊張感だけが一気に高まった状態で、勝負が始まった。
「まず一本目いくよー」
「お、おう」
祈るような気持ちで着火する。
俺の花火は……やった、湿気ってない!
「あ、私の花火もついた。引き分けだね」
「くっ……スタートダッシュ決めたかったな」
火が消えた花火をバケツに突っ込み、次の勝負に入る。
「よし、二本目。私は……あ、ついた」
「うぐ……俺は駄目だった」
綺麗に咲き誇る結朱の花火と比べ、俺の花火は表面が焦げるだけで何一つ反応しない。
苦々しく思いながら不発の花火をバケツに入れようとすると、それに結朱がストップをかけてくる。
「あ、待った。一応、外れの数を分かりやすくするために、不発の花火はバケツの横に置いておこうよ。あとでまとめて水かければいいし」
「そうだな。俺が勝った時に数え間違いだのごねられても困るからな」
俺はバケツの右側に自分の花火を置きながら答える。
「お、まだ心は折れてないみたいだねえ。ふっふっふ、私にフレンチを奢る時の苦痛に満ちた顔が楽しみだよ」
「自分とのデートを苦痛だと思われてることに、何か疑問はないのか……」
くだらないやりとりをしながらも三回戦。
ここで初めて結朱の花火が不発。一方、俺の花火は美しく点火した。
「よし! よし! いい花火だ、超綺麗! 超美しい! 世界一の花火だお前は! 愛してるぞ!」
鮮やかな火花を放射する勝利の花火に、俺は手放しの賛辞を送る。
「むー。私にも言ったことないような褒め言葉を花火に言わないでくれるかな。ヤキモチ妬くんだけどー」
不発の花火をバケツの左側に置きながら、結朱は頬を膨らませた。
「大丈夫。結朱ちゃんも可愛い可愛い。あいしてるよー」
「言葉が軽い! もういい、絶対奢らせてやるんだから……!」
上機嫌な俺が適当に流すと、ますます結朱は躍起になった。
そしてお互いに、当たり2外れ1で迎えた四回戦。
「あ、ついた」
「俺も」
二人の花火は、綺麗に同じ色の火を放射していた。
「一応確認しておくけど、引き分けの時はどうするんだ?」
俺の問いかけに、結朱は少し考える仕草を見せてから答える。
「んー……何もなしでいいんじゃない? その時は二人仲良くファミレスでご飯ってことでどうかな?」
「ま、それがいいかな……あ、一応確認しておくけど割り勘だぞ」
また罠があるんじゃないかと牽制してみると、結朱は苦笑を浮かべた。
「分かってるって。大丈夫、奢らせたりしないし」
ならば良し。
RPGを買うために貯めた貴重な軍資金を、ここで易々と放出するわけにはいかんのだ。
「はいはい。じゃあ五回戦いくよー。最後だし、運命の花火を自分の手で選ぶといいさ」
結朱は自分の分をさっと選ぶと、花火が入ったパックを俺に渡してくる。
「どれがいいか……」
俺の財布の運命を賭けた勝負だ。食い入るように花火を見比べる。
そうだな……なるべく火薬の量が多そうなものがいいだろう。そうすればちょっとくらい外側が湿気ってたって、中に無事な部分が残ってるかもしれない。
「決めた! 俺はこいつに賭ける!」
一番火薬が多そうな花火を掴む。
「よし、じゃあせーのでろうそくに近づけるよ。せーのっ!」
二人で同時にろうそくの火を花火に着けた。
じりじりとした緊張感に包まれる二人。
勝利、敗北、引き分け。
全ての可能性が存在した勝負の行方は――
「……つかないや」
「……俺も」
――なんとも締まらないことに、両者不発の引き分けだった。
「あはは、尻すぼみというかなんというか。せめてどっちも成功して引き分けだったらよかったのにね!」
緊張感から解き放たれたからか、言葉では文句を言いつつも結朱は楽しそうな笑みを浮かべていた。
「ほんとにな。まあ俺たちにはこのくらいが相応しいのかもしれないけど」
俺も同じように解放感に包まれ、自然と力の抜けた笑いがこみ上げてきた。
まったく、花火一つすらぐだぐだとは。
「ふう……じゃ、引き分けってことで後片付けしよっか。そしてファミレスにゴー!」
「ああ。花火の用意は結朱がしてくれたんだし、片付けくらいは俺がするよ」
そう申し出ると、結朱もこくりと頷いた。
「ほんと? ありがと。じゃあ私、その間にお母さんに遅くなるって連絡してくるわ」
「ん。いってらー」
電話のために離れる結朱を見送って、俺は後片付けを始めた。
バケツの水は捨てるにしてもゴミは持ち帰りだな。濡れた花火をビニールに入れて鞄に仕舞うか。
「……一応、不発の花火も水に浸しておいたほうがいいだろうな」
万が一、鞄の中で炸裂とかしたら怖いし。
そう思い、バケツの横に置かれた二人分の失敗花火に目を向ける。
「………………」
――そこでふと、俺の中に一つの推理めいた直感が浮かんだ。
いや、推理なんていうほど立派なものじゃない。
ただ、結朱だったらそうするんじゃないかという、そんな思考の把握。
バケツの左側に置かれた、結朱の失敗花火。
その一番端にある、五回戦で使った不発の花火を、俺はそっと手に取った。
そして、その先端部分に触れる。
「……やっぱり」
五回戦目の花火は――濡れていた。
湿気っているとか、そういうレベルじゃない。
完全に一度、水に浸しているとしか思えない濡れっぷりだ。
『はいはい。じゃあ五回戦いくよー。最後だし、運命の花火を自分の手で選ぶといいさ』
「あの時か……」
俺に選ばせている間に、こっそりバケツの水に自分の花火を浸したか。
……結局、あいつは最初から勝つつもりなどなかったのだろう。
この湿気った花火でどうにか楽しめる方法を探しただけで。
「……参ったね、まったく」
あのリア充は、気遣いがうまいというか、うますぎるというか。
「おーい、大和君! お母さんからOK出たよ! というわけでファミレス行こう!」
ちょうどその時、電話を終えた結朱がはしゃいだ様子で手を振ってきた。
俺も手早く片付けを終えると、荷物を持って彼女の元へ向かう。
「了解。ま、半分は俺の負けだったんだし、ファミレスでよければ奢ってやろう」
なんだか一方的に気を遣われたままなのが悔しくて、俺は珍しくそんなことを申し出た。
「え、なに急に。どういう風の吹き回し?」
「……別に。彼氏がデートで奢るのなんて普通だろう」
俺がそう答えると、結朱はどこかくすぐったそうに笑った。
「ふふっ、そうだね。うんうん、大和君もようやく彼氏としての自覚が出てきたのかな?」
「まあね。これもよく出来た彼女のおかげですよ」
「そうだね。いい男にしてあげた私に感謝してよ?」
肩を竦めて答えると、結朱は荷物を持っていないほうの俺の手を握ってきた。
「なんだよ」
「彼女がデートで手を繋ぐのなんて普通でしょ?」
「……そうだな」
どこか照れくさい気持ちになる俺を、結朱はいつもの笑顔で見上げてきた。
「ねえ、大和君。来年はちゃんと夏に花火やろうね」
「ああ。今度は湿気ってない花火でな」
頷きながら、俺は来年の二人について思いを
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