第17話 教科書を忘れた彼女と、それを見せる彼氏。
「おーい、
休み時間の教室で、結朱が俺の席に近づいてきた。
普段、教室での
「なんだ」
「いや、次の授業の教科書忘れちゃってさー。移動教室だし、隣の席に座って見せてよ」
「まあいいけど……珍しいな、結朱が忘れ物なんて」
こいつは優等生で通っているため、結構そういう部分はしっかりしているのだが。
「あはは、実は隣のクラスの友達に貸したまま、回収するの忘れちゃって。しかも、今日その子は休みだし」
「なんだ、そりゃお前らしいな」
話を聞いてみれば、友達が多い結朱らしい真相だった。
「じゃ、ついでだし一緒に行くか」
「うん。ありがとね」
授業道具一式を用意した俺は、結朱と共に別の教室に移動をし始める。
「そういえば、移動教室で大和君の隣に座るのも初めてだね」
「だいたい席は固まってるからな」
特に席固定というわけではないのだが、みんな春先に決めた席になんとなく座り続けているのが現状である。
そのため、二学期から付き合うことになった俺と結朱が隣同士で授業を受けることは、今までなかった。
「大和君の隣で授業って新鮮だね。なんかちょっと楽しみ」
「……そうかよ」
こうして屈託なく笑われると、俺としてもさすがに照れてしまう。
移動先の教室に着いた俺たちは、隣同士の席に座る。
他のクラスから来た人間は、まだ俺たちが付き合っているという事実に慣れていないのか、ちらちらとこっちを見ていた。
「注目されてるね。せっかくだし腕でも組む?」
「謹んでお断り致します」
注目されるのに慣れている結朱は茶化してくるが、自他共に認める陰キャの俺としてはこの空気はあんまり好きじゃない。
「けど、彼氏と隣同士で授業受けるって、なんかちょっといいね」
「俺は居心地悪いがな」
「えー。滅多にない機会なんだから楽しもうよ。教科書見せてもらう時に顔が近づいてドキッとしたり、肩と肩が密着して思わず意識しちゃったり、色々とあるじゃん」
「そんな少女漫画みたいなことを要求されてもなあ」
まったく……この状態じゃ授業になりそうにないな。
そう内心で溜め息を吐いていると、担当の教師が教室に入ってきた。
「よし、じゃあ始めるぞ。教科書開け」
そうして授業が始まる。
「………………」
俺の予想とは裏腹に、結朱は真面目な様子で板書を取っていた。
やっぱり成績いいだけあって、メリハリが利いているというか、集中力がある。
まあ、俺といる放課後が特別緩んでるんであって、元々優等生だもんな。そりゃそうか。
俺も余計なことを考えてないで集中しよう。
そうして、教師の話に意識を向けようとした時である。
不意に、俺の左手を何か暖かいものが包み込んできた。
隣を見ると、結朱がいたずらっぽい表情で俺の手を握っている。
彼女は他の人に見つからないよう、繋いだ手を机の下に持っていきながら、ノートの隅に左手で何かを書いていた。
『こういうのもドキドキしてよくない?』
こいつ……真面目に見せかけて、やっぱり遊び始めやがった。
『真面目に授業受けろ』
俺もノートの隅にメッセージを書いて彼女に見せる。
『今日くらいはいいじゃん。せっかく隣に座ってるんだし』
真面目に受けないなら教科書見せてる意味がないというのに……まったく。
『成績落ちても知らないぞ』
『それは困るなあ。放課後、一緒に復習しよっか』
『そんなことするくらいなら、初めから真面目に授業を受けろって言っちゃ駄目か?』
『駄目だね』
『駄目なのか。なら仕方ない』
文句を言いつつ、やめようとしない俺も同罪だろうか。同罪だろうな。
結局、この秘密のやりとりは授業が終わるまで続くのだった。
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