第3話「古く新しい兵器」

1598年12月 旧ノルウェー軍 第二陸軍基地だいにりくぐんきち


 1200年代に作られたと言われる、歴史が割と長い旧ノルウェー軍の第二陸軍基地。

 300年以上前にベルゲンに第一陸軍基地だいいちりくぐんきちとして建造されて以来、長年旧ノルウェー軍の総本部そうほんぶとして使われていたとされる場所だが、80年程前に首都オスロに新たに第一陸軍基地が建造けんぞうされ、ベルゲンに位置する第一陸軍基地は第二陸軍基地と言う名に変更された。

 名が変更されてからは研究所として細々と使われていたが、1555年12月に何故か基地内に居たすべての人間が、温かいコーヒーを残したまま忽然こつぜんと姿を消すという、後に『1555事件』と言われる未解決事件が起こる。

 幸いにも外出や休暇で基地の外に居た者は無事だったが、事件後、当たり前と言えばそうだが、その後多くの者が第二陸軍基地を『神の怒りに触れた基地』として気味悪がり誰も近づかなくなった。

 その後、そのまま廃墟はいきょと化した第二陸軍基地に数十年ぶりに客人が訪れようとしていた。


 人気があまり無く、雪が積もる田舎道を小柄な女性が小走りで先で待つ男性の方へと歩を急がせる。


「中尉ぃ…ま、まってくださいよぉ…はぁ…はぁ…。」


 息を切らせながら小走りで走る、ショートヘアーが似合い、一見、美少年とも見える外見の彼女の名は旧ノルウェー軍、第七中隊所属の少尉、サラ・ハーゲン。


「遅いぞ!こんな薄く積もった様な雪道でへこたれてどうする!まったく…。」


 第二陸軍基地の門前もんぜんに立ち止まり、小走りで向かってくるサラに叱咤する、長身で筋肉質な上、スキンヘッドに丸眼鏡をかけ、いかにも厳ついという言葉が似合う彼の名は旧ノルウェー軍、第七中隊所属の指揮官しきかんでもあり中尉、アドルフ・オルセン。


「はぁ…はぁ…つ、疲れたぁ…。」

「まったく…こんな雪道、日々の訓練に比べたら雲泥の差だろうに…情けないなぁ。」

 膝に手を付きかがみながら息を必死に整えようとするサラ。

 それを見て、やれやれと呆れ顔をするアドルフ。

「ち、中尉は身長もありますし、私なんかよりも足が長いから平気なんですよぉ…。」

 アドルフはふとサラの体へと目を向ける。

 確かに男性と女性では体格の差はかなり大きい物だが、一度軍人として国へ命を授けた身として、少しの弱音も許す気は無かった。

 しかし、サラの膝上ぐらいまで雪で埋もれているのを見て、ふとアドルフも自分の足へ目を向ける。

 アドルフはせいぜい膝下ぐらいまでだった。

「ふむ…、それだけ短い足だと苦労するな…。」

 アドルフがそう言うと、サラは少しムっとした表情を浮かべた。

「それは申し訳ございませんでしたーっ!!」

 アドルフは自分が言ってしまった事が失言だという事に気づく。

「わ、悪かった…次からは言葉には気をつけるが、少尉もノルウェー軍の軍人だ。少しの弱音も許されない事を理解してくれ。」

 アドルフが謝罪を交え、サラへ弱音を吐いてしまった事を注意する。

「…畏まりました。」

 少し間を開け、サラも安易に弱音を吐いてしまった事を反省する。

「それに身体的不利を弱点として捉えてはいけない。むしろその身体的不利を有利に活かす事も大切だ。例えば私の体格ではこの程度の積雪では簡単に身を隠す事も出来ないが、少尉だったら簡単に身を隠すことが出来る。もっと自分に自信を持て。」

 アドルフが続けるように、サラに対して励ましの言葉を贈る。

「…はいっ!」

 サラはアドルフの言葉に勇気づけられたのか、ほんの少しの間を開け笑顔で返事をした。

「さて、おしゃべりはここまでにして、調査を始めるとするか。」

 アドルフが第二陸軍基地の門のカギを開け、両者が歩を進め出入口付近まで近づく。

「中尉、第二陸軍基地と言えばあの1555事件があった場所ですよね?」

 サラが少しばかり不安げな顔でアドルフの方を見る。

「そうだな。どうした、怖いのか?」

 アドルフが入口の方を見つめながらサラに問う。

「いえ…、怖いと言うより何故、そんな事件があった場所へ今になって調査するのか疑問に思っただけです。」

 サラがそう言いつつも、背負っていた鞄を地面に降ろし中から書類等を取り出す。

「確かにな…今更と言えば今更かもしれん…。」

 アドルフも背負っていた鞄を降ろし、中から機密事項と書かれたファイルを取り出し中に目を通す。

「実は私も詳しい事は知らんのだが、1555事件以来誰もここを調査をしていないらしい。」

 目を見開き、口をポカンと開けたサラがアドルフに食い気味に聞く。

「え!?誰も調査してないんですかっ!?あんな事件があったのに!?」

「神の怒りに触れた基地…だからな。それに”誰も”と言うと語弊があったな。ベルゲン署は調査もちろん事件後にしたらしいが、そこに人が居た痕跡はあったらしいが、居なくなった痕跡はまったくなかったらしい。そんなで操作は難航し、そのまま迷宮入りと言うわけだ。」

 アドルフは書類に目を通しながら、知っている限りの情報をサラへと伝える。

「そんな事件があった場所だからな、誰も気味悪がって近づく者も少ない。」

「そ、そうなんですか…。」

 アドルフの思い掛けない怖い話に少し顔を青ざめるサラ。

「さて、中に入るか…。」

「は、はい。」

 アドルフがカギを開け、入り口の扉を開く。

 すると、長年使われなかった為か扉の蝶番が錆ていて、きぃ、という大きい音と共に扉が開く。

 中に入ると、まだ午前中とは思えない程薄暗く奥に続く廊下は先が見えない程だった。

「うっ…、さすがに埃っぽいですね…。」

 中に入ると同時に埃とカビ臭さが両者の鼻を刺激する。

 両者が鼻と口を押えながら鞄から防毒マスクを取り出し顔につける。

「そうだな…、あまり長居は体に良くないな。さっさと調査して帰るか…。」

「そうですね…、ライト!」

 サラが鞄から小さな丸い球体を取り出し、手のひらの上に乗せると小さく青く光る魔法陣が球体を包む。

 すると、ぽっ、と球体が光を灯し空中に浮き、両者の周りを照らし始める。

「すまない、助かるよ。」

 サラは軍の中でも回復魔法と補助魔法を習得している数少ない人物の一人。

 人を治癒する目的の回復魔法と、人助けを主とした補助魔法は本来は医療班や偵察班が習得する魔法の一つ。

 サラは中隊に所属しながらも、自分から習得する事を望んだという。

「しかし中尉、今回の任務…私にはよくわかりませんが、こ、こだいへい、き?の回収ってなんでしょうか?」

 サラが今回の任務について書かれた書類に目を通しながらアドルフに聞く。

「”古代兵器”な。実はな…、俺も正直な所よくわからん。」

「えぇ…。」

 アドルフの言葉に意表を突かれるサラ。

「中尉でも知らない事あるんです…ね…。」

 サラが横眼でアドルフの方を見ながら言う。

「そりゃそうだろう、俺だってなんでも知らされているわけじゃないからな。なんにせよこんな任務を上層部の連中が寄越すぐらいだから、数十年手つかずだったものの余程回収したい物なんだろうな、古代兵器ってやつは…。そもそもだ!なぜ回収してほしい代物なのに何故詳細をこの任務書に書かぬ!!古代兵器ってなんだそれは!!形ぐらい書かんで何で判断をしろいうのか!!!」

 アドルフが徐々に熱くなっていく。

「あーあ…始まっちゃったよ…、ち、中尉!落ちついてください!」

 サラがアドルフをなだめ、徐々に落ち着きを取り戻すアドルフ。

「す、すまん…。」

「まぁまぁ。」

 苦笑いをしながら、安堵のため息をつくサラ。

「中尉、手分けして探しましょう!ライトならもう一つ持って来ましたので、一つは中尉を追従するよう設定しておきますね!」

「す、すまない。少尉は奥から見てもらえるか?私は手前から奥に進む。」

「畏まりました!」

 サラが奥の方へと小走りで向かう姿を見届け、アドルフも顔を叩き自分に喝を入れる。

「さてと、さっさと調査するか…。」


――――


 両者が第二陸軍基地内で調査を始めてどのぐらいの時間がたっただろうか。

 かれこれ数時間は経過し、古代兵器らしきもの所か武器一つ見つからない状況が続き、両者に襲う本当にあるのかという疑問と疲労。

 アドルフがふと窓に目を向けると、日が沈みかけていた。

 埃まみれの椅子の座面を手で埃をはらい、腰を掛けタバコに火をつける。

「はぁ…。すぐ見つかると思ったが…古代兵器どころか、それに関する資料すら何もない…ここまで来るともうすでに回収されたのではないかとも思うな…少尉の方はどうだろうか…連絡してみるか…コール。」

 アドルフが耳元に手を当て、サラへとコールをかける。

「はぁ…あ、はい!こちらサラ・ハーゲン!」

 サラの元気な声に、少しばかし元気を貰ったような気がするアドルフ。

「少尉、そちらはどうだ?」

「あ、中尉!んー…特にこれと言った物は…。」

 サラの方も特にそれらしいものを発見できていなかった。

「そっちもか…そろそろ日が沈む。これ以上の調査は危険だ、戻るぞ少尉。」

「畏まりました…あ、でも途中鍵が掛かってて中に入れなかった部屋があるんですが…。」

 サラの言葉を聞いてアドルフはふとなにか喉元に引っかかるような感覚に捕らわれる。

『鍵…?』

 アドルフは第二陸軍基地の門と入口を開けた鍵に目を向ける。

「ち、中尉?」

 少し間が長かったのか、サラが返事を催促する。

「少尉、その部屋の場所覚えてるか?」

「え?ええ…。」

 アドルフが見た鍵、そこには門と入口の鍵の他にもう一つ鍵がついていた。

「すまん、場所をナビに送信してくれんか?」

「畏まりました!」

 アドルフが手を横に振ると空中上に小さなモニターが出現し、サラから受信したナビデータが目的地を示す。

「少尉はその部屋の前で待機していてくれ。」

 アドルフはそう言うとコールを切り、サラから届いたナビの目的地へと小走りで向かう。


 サラが問題の鍵のかかった部屋の前で待機していると、少し大きめの足音と共にアドルフが小走りで向かってくるのが見えた。

「中尉!こっちです!」

 サラがアドルフに向かい手を振る。

「待たせてすまんな…はぁ…。」

 少し息を切らせたアドルフが鞄から鍵を取り出す。

「実は俺も先に気づいたんだが、鍵が三つあってな…、もしかしたらこの部屋のかと思ったんだ。」

 サラが鍵に目を向けると、確かに門と入口の鍵の他にもう一つ鍵がついていた。

「よし、開けるぞ。」

 アドルフが鍵穴に鍵をさし回す。

 静かな基地内に、がちゃんっ、と言う大きな音が響き渡る。

 襲る襲るノブを回すと、ぎぃ、という音と共に少し建付けが悪くなっている扉が開く。

「やはり…この部屋のか…。」

 両者は顔を合わせ、唾を飲み込み中へと踏み入る。

「な、なんだこの部屋は…?」

 大量のモニターがおかれた部屋。

 中央には鳥の頭蓋骨のような頭部をした何かが佇んでいる。

「ち、中尉…これって…。」

 サラが中央に佇む何かに近づく。

「待て少尉!」

 思わず止めに入るアドルフ。

 サラを後ろへとやり、アドルフがライトを何かに近づける。

「こいつ…この姿…あっ!」

 アドルフが思い出したように大きな声を出す。

「ひゃあ!!び、びっくりしたぁ…どうしたんですか中尉!」

 アドルフの声に飛び上がるサラ。

「す、すまない!こいつ、この姿に見覚えがあってな…。」

「お、お知り合いですか…?」

「バカな事言うんじゃない。」

 サラの言葉に思わず笑ってしまうアドルフ。

「昔読んだ医学書に1300年代にヨーロッパ全域で流行った”黒死病”という通称、ペストと言われる感染症があってな…それの感染防止として当時の医者が患者に近づき過ぎないように距離を保つ為に作られた鳥のくちばしを模したマスクを着けていたらしい…こいつはそれに似てる…。」

「え!!…あっ!でも我々は防毒マスクしてるから安心ですね!」

 サラの言葉に、深くため息を付くアドルフ。

「少尉…もう数百年前の疫病だ…。治療法も確立してるし、それに今では感染したという話も聞かんからもう既に絶滅した病気だ。安心しろ。」

 アドルフの言葉に安堵の息を漏らすサラ。

「な、なーんだ!よかった…。」

「しかし…人…か?いや、人型の機械…か?」

 ライトで当てられたペストマスクの様な頭部をした人型の何かにライトを当て、観察をするアドルフ。

「しかしこれが上が言う古代兵器というやつか…?」

「これが…。」

 アドルフとサラが異様な光景と、異様な人型の機械を見つめる。

「っと、ボーっとしている暇は無かったな。とりあえずコイツを回収するか…。」

 アドルフが回収しようと近づく。

 するとペストマスクの薄く曇った目のレンズ部分がうっすらと赤く光り始めた。

 その異常にサラがいち早く気づく。

「ち、中尉!待ってください!」

 サラの言葉を聞く間も無く、そのペストマスクの頭をした人型の機械がゆっくりと顔を上げ、その機械式の義手の様な構造の両腕でアドルフの両肩を強く掴み、低い男性の様な叫び声がその人型の機械から発せられた。


「神様あぁああああぁあぁぁぁぁぁあああ!!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

老兵は静かに去りたかった。 湯浅譲治 @JojiYuasa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ