老兵は静かに去りたかった。
湯浅譲治
第一章「英雄と言われた男の新たな道」
第1話「小さなアパートで起こった小さな事件」
2020年 8月頃――――
街の外れにある小さなボロアパートの前に数台のパトカーが止まっている。
どうやら近隣住民がそのアパートから異臭がすると通報を受けたようだ。
警察が群がる野次馬を規制し、異臭の原因となっているアパートの一室を確認すると、恐らく男性と思われる死体が変色した畳の上で横たわっていた。
悲惨とも言える現場に白髪がまばらに生え、無精ひげが少し目立つ中年刑事が口を押えながら言った。
「これは…酷いな…。」
この季節のせいか、それとも発見が遅れたせいか。
恐らくどちらも正解であろう、かなり腐敗が進行し、その死体には無数の蛆が群がり、部屋中をかなりの数の蠅が飛び回っていた。
数分後、鑑識と近隣に聞き込みに回っていた若い刑事が現場に到着する。
「お待たせし…うっ」
若い刑事が臭いに少し顔をしかめ、口を押えた。
無理もないだろう、魚だって腐敗すればかなりの臭いを発するのに、それが人間にもなれば想像を絶する臭いに、ひと呼吸すれば胃液と消化を待つ胃の中の残留物が一瞬で喉元まで登ってくる。
若い刑事を一旦外に出し、新鮮な空気を吸わせる。
「大丈夫か?」
「ええ…すいません少し落ち着きました…。」
数分後、少し落ち着きを取り戻した若い刑事が近隣住民の聞き込みの成果を報告をし始めた。
「聞いて回ってみたんですが、このアパートには今回通報があった部屋しか人が住んでないみたいで、おまけにこの部屋の仏様も近隣住民との交流もさほど無かった為か余り有益な情報は…名前ぐらいですかね…名前は…。」
若い刑事から名前を聞いた中年刑事が眉間にシワを寄せ、考えるように額を指で押さえ始め、何かはっと思い出したかのような顔をし、小さなため息を付き口を開いた。
「そうか、あの人か…。」
「えっ?まさかお知り合いの方ですか?」
「まさか。」
中年刑事が少し笑うと続けるように口を開く。
「その名前をまさかこんな形で聞くとは思ってなかったからな。若いお前は知らないだろうが、彼は日本がまだ戦争をしていた時代に英雄と言われた男だよ。」
「英雄ですか?何で英雄と言われたんですか?」
若い刑事がそう聞くと、中年刑事が少し間を開けこう答えた。
「俺も話で聞いただけなんだが、かなり腕の良い狙撃手だったらしい。常識外れの距離から狙撃出来たり、狙撃手だからと近づいた敵を持ち合わせていた小銃で壊滅させたりと色々と本当かと思うような逸話が幾つかある。」
若い刑事が少しビックリし、なんと言っていいのか分らず言葉を詰まらせていると、鑑識がやれやれまたかと言った顔をしながら、現場から顔を出してきた。
「死因は判明したのか?」
中年刑事がそう聞くと、鑑識が小さなため息を付き死因について説明してきた。
「孤独死だよ孤独死。やれやれまたかと言った感じだね、殺人じゃなかっただけマシだが、こうも最近増えるとねぇ…明日は我が身とも思うよ。」
それを聞いた中年刑事が少し悲しそうな目をして、またもため息を付く。
「孤独死か…英雄と言われた男が…か…なんとも悲しい結末だな…。」
「孤独死って最近多いですね、でも戦争で多くの人を殺したんでしょう?自分あまり同情できないですね…。」
「まぁそう言うな。彼も好きで人を殺していたわけではないし、好きでこうなるのを選んだわけじゃない。それに彼は国の指示に従ったまでだぞ?あまり軽口を叩くのはよしたほうがいいぞ?」
中年刑事が若い刑事の軽率な発言を注意する。
中年刑事がタバコを手に取り火をつけ、一息煙を吐き空を見上げる。
「ま、確かに…な。どちらにせよ彼が来世では戦争の無い世界で幸せになれるよう祈るしか、俺らにはする事は無いな。」
かつて英雄と言われた男の余りに悲しい末路、孤独死
それは戦争で彼が幾多の人を殺めてしまった罰なのか
誰にも愛されなかった彼の魂は、一体何処へ行くのか、それはまた別のお話。
――――
「 聞こえますか? 」
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