参__火炎

「しっかしまぁ、おやっさん。この子は手がかかるとこは愛らしいですが、癖があるし何より捕縛というより殺傷に向いてる子でして……」

茶色の5寸ばかりある何かをカチャカチャといじりながらため息をつくのは幕府直属の武具管理及び制作、修繕を一任されている「冥焚ふんめい叢雲むらくも」の棟梁、月山である。

「ええねんええねん。遠距離という点はその他の全てを超える魅力がある、俺の腕次第や。脚を狙えばええからな。」

と何も考えず武蔵野は笑って異国からの新武器を小型化した火縄銃を取り上げほなこの子たくましく育てたるからなーと足を運んだ。




今日も今日とて特に何をするでもなく城の物見櫓で寝そべっていた武蔵野は騒がしさに目を覚ます。

見れば陽はまだ南の空にあるがなぜか空は薄らと橙色である。

妙だなと思い体を上げ城下町の方へ目を向けると家が白い。いつにも増してうるさい。

しかも、商売や子供の声ではなく恐怖に似た何かを帯びている。妙だな、と思うが街に近づくにつれやがて、白いのではないのだ火で家が燃えているらしい、と気がつく。

その上、結構な数の家が火に侵食されている。

このことに気づいた辺りでようやっと寝ぼけた頭が冴え始めた。

火災であるならば伏山がなんとかしているはずだろうとは思いつつもここまで火の手が広がっていることに違和感を感じる。

全身を伝う汗も気にせず軽く跳び屋根の上に乗り、火の手と生きている街の境界線へと向かう。道中

「任せたぞ。伏山はおらん故。」

群衆を避難させながら東風がすれ違う武蔵野に告げる。

そうしている間も火はバチバチと空を黒い雲で覆い、街を喰らい続ける。

横目に群衆の避難状況を確認しつつ短銃を取り出しカチャッと鍵を外す。

「火はありあまっとるからなぁ。」

と建物の壁で踊っている火に火皿を当て既に燃えている家屋とそう出ない家屋との間にある家屋を打って次々と壊していく。

江戸の家屋は全て木材で、人口過密故家々の間に隙間がなくとてつもなく火災に弱い。

よって家の中心にある柱を壊せば家が丸ごと倒壊するよう大黒柱を基準として家づくりがなされている。

「大黒柱が燃えて火が一戸に留まらんように魚の油を引いている。」

クソが顔を歪めながらまだ土に染み込んでいない油を追う。

大幅に遅れはしたものの到着した火消しによって火は弱まっているお陰もあって視界が開けている。

視界の下半分程が赤色で染っている。

耳元に届くのは群衆と火消しの叫びと燃える木の音が多くを占めている。

しかしながら、逃げる者の中にも命を求める者と他の目的を求める者では明らかに何かが違う。

その違いを感覚的にでも見分けられなければこんなに自由なのに将軍様の身辺保護など任ぜられない。

耳を澄ませば炎の幕と崩れる家屋の奥から聞こえる足音。

其方へ走る。次第に見えてくる影。

見えるとは言うもののこの広い視界で見えるのだ決して近くはない。

左手にはなにやら豪勢な長物。

右手は懐にしまっている。

武蔵野はある程度陰に近づいたところで立ち止まり短銃の鍵を外す。

追う者の異変にそれに気づいたのか影は振り返り右手の長物を前へ突き出す。

その瞬間、武蔵野の瞳孔が開く。

長物の先にあるのは間違いなく鬼灯ほおずきの紋様。

権威を鬼に例え徳川家康が『将軍』となられた時分、江戸幕府の象徴としたものである。

更には刀の持ち手に『伍、黒鷹こくおう』の文字。

その文字を確認するのとほぼ同時に黒鷹が火の中へと捨てられる。

狐のお面を被った影は憎たらしい笑みを残し走り去る。

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揺れる灯火 蒼乱 @mntmt

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