弐__会合


【獄門前 卯の刻】

無精髭を生やした痩せ気味男、抄蔵しょうぞうが獄門の前の守衛に向かって深く一礼する。

その後から腰に立派な刀を差した丈の高い武士

東風ひがしかぜ 熾次おきつぐが声をかける。

「弐拾年もの間よく頑張った。此でお前は晴れて人間に回帰したのだ。」

着物を着ててもなお隠しきれない鍛え抜かれた体が右手を差し伸べる。

抄蔵もまた右手を差し伸べ握手を交わす。

「こんな私なんかを気にかけて下さり、本当に有難うございます。」

「うむ、其の右手に焼き付いた印の重みを忘れるでないぞ。」

抄蔵は其れから東風と守衛に再度深く礼をして、職を探す為そそくさと街中に姿を消す。


【江戸城内 上の間 巳の刻】

広々とした部屋に燦然さんぜんと光り輝く歴史を感ぜられる屏風が置かれてある。

豪勢な部屋の中でもなお一層目を引く場所に第五代将軍「徳川 綱吉」が不安と怒りの交じった顔をして鎮座している。

それを前にして其の最前列では江戸全国の治安を維持する警吏の総括、東風ひがしかぜ 熾次おきつぐと将軍様の身辺警備役の武蔵野むさしの 皐水こうすい、そして警史の内の江戸の火消しの総隊長であるところの伏山ふせやま 柊一郎しゅういちろうが座している。

「さて、言うまでもないだろうが、あの事件とあの狐について教えてもらおうか。」

重苦しい空気の中綱吉が少々挑発的な口調で話しかける。

「はい、刀は質には入れられておらず、狐のお面も売り物ではございませんでした。」

伏山は綱吉の勢いに物おじせず、明瞭な声で答える。

「ふむ、そうか。次に皐水。昨夜も稽古に励んでいただろう。昨夜のことを機に、これからは日夜問わず傍で護衛しろ。いいな。」

綱吉の言葉に胡座をかき、眉間に皺を寄せて皐水が答える。

「あんな泥棒猫相手に本気になりすぎとちゃうか?夜中の警備を増やすくらいでかまへんて。」

まぁ、猫やのうて狐やけどな、と皐水は場の空気を読む気のない冗談を言って笑う。

「私にも左様に思われます。きっと老朽化に起因して何処かから偶然入れただけに過ぎぬかと。」

東風が横から口を挟む。

「何はともあれ俺に害が及ばぬよう頼むぞ。それでは、これより解散とする。」

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