揺れる灯火

蒼乱

壱__黎明

深夜。

そこに燃えたぎる松明以外の光は無く、重苦しい静寂が江戸城を押さえつける。

その静寂にはおおよそ似つかわしくない、音を消したしかし殺意は全くもって隠そうとしない。

武士の足音が城内を走る。

その前方、そう遠くない位置を紅の着物に身を包んだ人物が走る。

その人物は鼻から上を狐のお面で隠している。

唯一覗く口に感情は伺えない。

狐面は右手に持った仰々しい装飾の施された刀と、後方を暫時ざんじ|確認するなり、唐突に左の城壁に近づく。

そして、止まる。

追いかける武士、東風ひかしかぜは其れを確認するなり鞘に手をかける。

5尺、4尺、3尺。

この距離。当たったらまず動けない。

「否、殺す。」

東風の刀が的確に狐面を捉え、其の儘横一閃で近づいていく。

勝利を確信した其の瞬間、狐面が視界から消え去る。

逃げた先は……空中。甘い。そこなら動けまい。

狙いを定めて刃を返す。

が、またしても狐面は避ける。その上今度は壁を手で下に押し瓦の上に立った。

狐面は東風を見下ろして笑う。

そしてそのまま彼の憎悪と怒りに満ちた眼を気にかける様子もなく街の暗闇に姿を消す。

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