第13話(1/3) 汗と涙とただよう飛沫

 6月も半分以上終わった梅雨の晴れ間に、辻洋一つじよういちたちの高校は近くの高校と、合同でスポーツ大会を開いていた。

 中止になった県総体やインターハイの代替大会との位置付けだった。

「大会」は平日に開かれ洋一たち帰宅部の生徒は応援に回る。

 洋一は小学生のころからの友人である村下真也むらしたしんやが出場する野球の試合を見守っていた。

 少なくない保護者も応援に駆け付けていたが、それでも県立球場の観客席は広い。

 ソーシャルディスタンスをわざわざ言われる必要もないほど、観客同士の間隔は取られていた。


 バックネット裏で試合の行方を眺める洋一の目の前で試合は進行していく。

 両チームともに好投手を擁しているようで、ここまで0対1とロースコア。

 9回表、1点をリードする相手校の攻撃が終わった。

 洋一は、最後の攻撃で何とか自校が逆転することを祈る。

 だが、そんな願いむなしく2人のバッターはあっけなくゴロで打ち取られてしまう。

 1人でも塁に出られれば、真也に打順が回るのに。

 最後にもう一度、バットを振らせてやれるのに、と洋一は握った両手に力を入れる。


 カキンっ――


 握った両手に目を落とした洋一の耳に鋭い音が響いた。

 すぐに顔を上げると、打球はセンターとライトの間を転がり、フェンスまで到達していた。

 ランナーは悠々と2塁ベースを踏み、ベンチに向かってガッツポーズする。

 良かった、これで真也の打順だ。

 しかも、9回裏2アウト、一打出れば逆転というマンガのような場面。

 それまで静かに試合を見守っていた洋一は、大声を上げる。


「真也、やってやれーっ」


 1球目、バットを長く持った真也は身じろぎもせずに、外角高めの玉を見送る。

 2球目、外から中に入ってくるボールにバットを振りかけて、止める。

 3球目、内角高めのストレートを思いっきり叩きにいって、空振り。

 そして、4球目だった。

 コントロールが甘くなったボールはちょうど真也の腰ぐらいの高さでキャッチャーミットへ向かう。

 ぎりぎりまでボールを引き付けた真也は腰を回しながら、全力でボールを叩いた。


 カーンっ――


 青空に吸い込まれるようにボールは高く舞い上がる。


「このままいけーっ」


 洋一は立ち上がり、ボールが遠くへ飛ぶように念を送る。

 相手チームのセンターはフェンス際ぎりぎりでボールを待つ。

 2塁ランナーは既にホームベースまで戻ってきている。

 ボールが落ちれば、少なくとも負けはなくなる。

 あと少しだけ、飛べ。

 洋一の握りしめた拳にも力が入る。


 ポスっ。


 だが、次に響いたのはセンターのグローブにボールが収まる音だった。


「やっぱりマンガみたいにはいかないのか……」


 洋一は力なく腰を下ろす。

 最後ぐらい、勝たせてやりたかった。

 勝利で部活を終えてほしかった。

 その願いはかなわなかった。

 試合後、真也にどう声を掛ければいいのか分からない。

 頭を悩ませながら洋一は再び真也に目線を戻す。

 1塁と2塁の間からホームベースへ向かう真也は泣きじゃくっていた。


 ――けれど、1人ではなかった。


 仲間に肩を抱きかかえられ、一歩一歩踏みしめるように土のグラウンドを歩いていた。

 その光景を目にした洋一は、心配することはないな、と気付く。

 真也は全力を尽くした。

 その場はもともと望んでいたものからすると、程遠かったのだろうけど、ちゃんと仲間と闘えた。

 余計な言葉なんて必要ない。

 だから、自分はただ一言伝えるだけでいい。


「真也、おつかれ」

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