第12話(3/3) 覆水は盆に返らないし、地を固めない

■   □   ■


 休校明け初日の放課後、双子のきょうだい、菊池悠真きくちゆうま麻悠まゆは児童クラブへと向かっていた。


「ねえ悠真、学校どうだった?」

「割りと普通」

「割りとって、またいい加減だねぇ」


 からかうように顔を覗き込んでくる麻悠に、悠真はやはりつれなく応える。


「久しぶりに顔を合わせると、そんな感じになるだろ。距離感を掴みにくいっていうかさ」

「あぁ、そういうことね。それなら分かる」

「だろ? お互い大変だったね、なんて言い合うのも違うし。かといって何もなかったように振る舞うのも難しいし」

「そうだね。特に部活をやってる子たちにはなんて声を掛ければいいか分からないよね」


 信号が赤に変わり、2人は横断歩道の手前で足を止める。

 ふと悠真が周りを見渡すと、サラリーマンらしい男性やベビーカーを押した主婦の姿が目に入ってきた。

 テレビのニュースで見たゴールデンウイークのころの街中には、ほとんど人影はなかった。

 緊急事態宣言が解除されてまだ間もないけれど、少しずつ街の雰囲気が戻りつつあるのかと思うと、自然と表情が和らぐ。

 そんな悠真に麻悠はジト目を向ける。


「なに1人でにやけてんの? どっかに美人でもいた?」

「はぁ? 何だよそれ?」

「いや逆ギレされても困るんだけど。結構、キモイよ?」

「ったく。何でもないし。ほら、信号変わったから渡るぞ」


 なおも何か言おうとする麻悠を置いて悠真はさっさと歩き出した。



「よく来てくれたね。変わりはないかい?」


 児童クラブではいつも通り園長が出迎えてくれた。


「はいっ。園長先生も元気ですか?」


 元気いっぱいの麻悠に園長は苦笑を浮かべる。


「正直、ちょっと疲れたかな。朝からずっと子どもたちを預かるとどうしてもね」

「ですよね。だけど、小学校も今日から再開したんですよね?」


 悠真の問いに、園長は今度はホッとした表情を見せる。


「うん。何とか一山越えたって感じだな」

「本当にお疲れさまでした。良ければ俺たちもまた手伝いに来させてもらってもいいですか?」

「それは、もちろん。こちらからお願いしたいぐらいだよ」

「来週ぐらいから来ても大丈夫ですか?」

「そうだな、そのころなら、保護者からも反対は出ないんじゃないかな」


 悠真と麻悠は顔を見合わせて頷く。


「じゃあ、私たち来週からボランティアに来ますね」

「ほんとにお邪魔じゃなければ、ですけど」


 2人の明るい声に園長は相好を崩す。


「助かるよ。よろしくお願いします」


 そう言って腰を折る園長に悠真は慌てて声を掛ける。


「そんな頭を下げないでください。俺たちは自分たちでしたくてやってることなので。なっ、麻悠?」

「はいっ。全然気にしないでください」

「そうか。本当にありがたいな」


 園長が2人に向き直ったのを見て、麻悠が悠真をつつく。


「あれ、渡しなよ?」

「あぁ、そうだった。……これ、良かったら食べてください」


 悠真はぶら下げていたビニール袋を園長に渡した。

 桃がびっしり詰まっているのを見て、園長は目を丸くする。


「こんなにたくさんもらっていいのかい?」

「はい、親戚から送ってもらったもので、家にもまだたくさんあるので。おやつの時間にでも子どもたちと一緒に召し上がってください」

「じゃあ、ありがたく頂いておくよ」


「それじゃそろそろ」と、麻悠が悠真に視線を送る。

 悠真は「そうだな」と言って、園長の方を向いた。


「では、今日はこれで失礼します。さっき麻悠が言ったように来週からまた来ますのでよろしくお願いします」

「あぁ、頼んだよ」


 2人は園長に頭を下げて別れを告げると、帰路に就いた。



「こうやっていろんな普通が戻ってくるんだろうね」


 帰り道、カバンを後ろ手に持った麻悠がぽつりとつぶやく。


「珍しく真面目なことを言うんだな?」


 悠真のつっこみに、麻悠は足を止める。

 つられて悠真が2歩後ろで立ち止まるのを待って、麻悠は言葉を継ぐ。


「だって、これだけいろんなことがあったんだよ。たまには私だって感傷的になるよ」

「へぇ、感傷的なんて言葉を知ってるのか?」

「もうっ、いい加減に茶化すのはやめてよね」

「はは、悪い。けど、ほんとにどうしたんだよ?」

「分かんない。ほんとに分かんないけど、覚悟を決めないといけないのかなって思って」

「覚悟って何の?」


 首を傾げる悠真に、麻悠はうん、と頷く。


「日常に戻る覚悟だよ」

「どうしてそれに覚悟がいるんだよ?」

「だってさ、戻るって言ったけど、これからの日常は前までの日常とは違うんだよ。ほら、見てみて」


 麻悠の言葉に従って悠真が周りを見ると、マスクを着けて歩く人たちがいた。


「こんな時期にマスクを着ける人なんて、ほとんどいなかったでしょ? でも、今はマスクを着けないで出歩くと知らない人に怒られるんだって。……そんな日常、私は知らなかったよ」


 神妙に言葉を連ねる麻悠に悠真は、意外だなと思う。

 これまで麻悠はそんなことを口にしなかった。

 学校が再開して、一見するといつも通りに見えるけれど、そうじゃないことにショックを受けたのだろうか、と心配にもなる。

 だから、悠真は麻悠を励ますことにした。

 日常が変わったとか、変わってないとかは、今はいい。

 まずは現実をしっかり見ろ、と言ってやることにした。


「なぁ、麻悠。2週間後の中間テスト、大丈夫そうか?」

「えっ、中間テスト? そんなの聞いてないよ」

「いや、今日のホームルームで先生が言ったはずだけど」

「私、聞いてないよ。ほんとなの?」

「ほんとだよ。自分に都合の悪いことは聞こえないだけだろ?」

「そんなことないしっ!」

「どうでもいいけど、ちゃんと勉強しろよ? 学年末テストも散々だったんだから」


 麻悠は「うー」と唸って、その場に立ち尽くしてしまった。

 そんな双子の姉に悠真は苦笑するが、こんなもんで十分か、と先に歩き出す。

 ただ、追い抜きざまに一言だけ残す。


「ちゃんと付いてこないと、置いていくぞ?」

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