第12話(2/3) 覆水は盆に返らないし、地を固めない
■ □ ■
「全然変わらないね」
「そりゃそうでしょ、たかだか2か月ぐらいで変わるわけなんてないし」
久しぶりに校舎を眺め、
「せっかくだから、大規模な改修とかしちゃえばよかったのに」
「どこにそんなお金があると思ってんのよ?」
「えーっ、だってこの校舎っていろいろぼろくない?」
「そういうのはね、伝統を感じさせるって言っとけばいいのよ」
「香澄はいつの間にそんなずるい大人みたいなことを言うようになったの?」
大げさに身をのけぞらせるさやかに、香澄ははあ、とため息を漏らす。
「誰がずるい大人よ?」
「香澄だよ。うまいこと言って都合の悪いことから目を逸らさせようとするなんてひどいっ」
「……。もう、先行くから」
あきれ顔を浮かべ昇降口に向かう香澄をさやかは慌てて追った。
教室だって変わっていない。
さやかは机の横にカバンをかけながら、ぐるりと目線を走らせる。
3年生に進級してからこの教室に来るのは、臨時登校日以来の2回目だから、開け放たれた窓から見える景色は見慣れない。
けれど、うっすらほこりの積もった机や、真新しいチョークの並べられた黒板、古びたロッカーは、2年生までの教室と同じだ。
生徒たちが入ってくるたびに漂う制汗剤の匂いだって何も変わっていない。
楽しそうに話す声も、ほころぶような笑い声もいつも通り。
さやかは廊下側の一番前の席に、静かに腰を下ろす。
「おはよう」
少しおどおどした感じの男子生徒の声に、さやかは顔を上げた。
そこに立っていた
「おはよう。久しぶりだね?」
「うん、そうだな」
ぎこちなく言葉を交わす2人に、さやかの隣の席に座る香澄が割り込む。
「でも、オンライン授業には出てたよね」
「まぁ、うん」
「えっ、そうなの?」
「そうだよ。逆にさやかが出てなかったんじゃないの?」
「ちゃんと出てたよ。お菓子食べたりしながら話聞いてたから、あんまり中身は頭に残ってないけどね」
「私たち受験生なんだよ。分かってる?」
じゃれ合うさやかと香澄に、洋一は申し訳なさそうに口を挟む。
「しばらく来てなかったけど、今日からまた学校に通うことにしたからよろしくな」
「うんっ」
「もちろん」
返事を聞いて自分の席に向かう洋一の背中を見ながらさやかは、感慨深げに言う。
「確か半年ぐらい学校に来てなかったと思うんだけど、何があったんだろうね?」
「さぁ。でも何かあって心境が変わりでもしたんじゃないの?」
「ふーん」
さやかは適当に相づちを返し、横目で洋一を見やる。
自分の席について
さやかは、2年生の途中で洋一が突然、学校に来なくなった時のことはあまり覚えていない。
その頃から挨拶こそ交わしはしていたものの、それほど仲が良かったわけではない。
教室に空席ができたことを寂しく思うことはあったけれど、それだけ。
さやかの中では大きな変化として認識されていなかった。
それなのに今、洋一が登校してきたことが何か引っかかる。
そんな思いを隠すように、さやかは香澄に素っ気なさを装って尋ねる。
「そんな簡単に変わるもんかねぇ?」
「変わってもおかしくないでしょ。これだけいろいろあったんだから」
つぶやくさやかに、香澄が冷静に応える。
「そっか。……でも、変わるのって怖くない?」
「怖いって?」
「うーん、なんて言うかなぁ。それまでと何か違うのって落ち着かないよね?」
「そうかもね。だけど、私たちはあと1年もしないうちに卒業だよ」
「そうだね」
「いくら私たちが変わりたくないって願っても、どうしてもその時は来ちゃうんだよ」
そんなことは言われなくても分かってると、さやかは内心反発する。
けれど、この数カ月で大きく変わった社会すらも認めようとしなかった自分に、変化を受け入れることができるのか不安は拭えない。
ちゃんと分かっている。
何も変わってないだなんてことはない。
再開した学校の雰囲気がちょっと違ってることだって気付いている。
――ただ、認めたくないだけなのだ。
変化を認めてしまえば、自分の根幹が崩れてしまうような恐怖感があるから。
どうしてなのか分からないけれど、その恐怖に押しつぶされないように、ずっと目を逸らしてきた。
でも、やっぱり香澄の言う通りだと思う。
受験のこともそろそろ本気で考えなくちゃならない。
東京に行くのか、県内に残るのか、その選択だけで、将来はきっと大きく変わる。
ちゃんと考える。
ちゃんと変化を受け入れる。
けれど、ちょっとだけ甘えさせてほしい。
さやかは体ごと香澄に向き直って、そっと声を掛ける。
「いろいろ変わっても、香澄は、ずっと私の友達でいてくれる?」
「……っ。当たり前でしょ。朝からそんな恥ずかしいこと言わないでよ」
香澄は頬を赤く染めて顔を逸らす。
さやかはその横顔を見て、とってもきれい、と口の中だけでつぶやいた。
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