第8話(2/3) 咀嚼するソーシャル
「……っていうことがあってね。結局、最後は担任の先生がうまく収めてくれたんだけど」
教室での短い時間を過ごした後、
「そっか。でも、私も朋夏の気持ちが分かる気がするな」
応えるのは、副会長の
「どうすればいいんだろうね?」
朋夏の問い掛けに亜理紗は、うーんと腕組みして応える。
「やっぱり、こういうギスギスした空気って嫌だよね」
「そうなんだよ。ソーシャルディスタンスって言うでしょ? あれで心と心の距離も離れちゃってる気がするんだよ」
「物理的な距離を離さないといけないのは分かるんだけど、心の距離は何とかしたいよね」
「ねぇ、生徒会で何かできないかな?」
「うーん、したい気はするけど、できるかな?」
腕を組んだまま考え込む亜理紗の肩に、朋夏はポンと手をのせる。
「やってみようよ。本当はやらないといけない行事もできなくなってるし、せっかく生徒会をやってるんだから、何かみんなの印象に残ることをやってみたいんだよね」
「まぁ、会長がやるって言うんならやってみよっか」
「うんっ、ありがと」
朋夏は顔をほころばせて、亜理紗に抱き着く。
「……っ。ちょっ、ちょっと、その過度なスキンシップは止めてっていつも言ってるでしょ?」
「はいはい、ソーシャルディスタンスだね?」
「違うって」
亜理紗は口を尖らすが、朋夏はフフンと笑って気にしない。
「じゃあ今度、生徒会役員で話してみようよ?」
「いいけど、話すってどうするの? 集まるわけにはいかないよ」
「遠隔会議アプリってあるでしょ? あれを使ってみようよ。何かかっこよくない?」
「かっこいいって……」
「ほら、最近、ツイッターでもいろんな背景画像が流れてて、一回使ってみたかったんだよね」
すっかり目を輝かせている朋夏に、亜理紗は、はあとため息をつく。
「分かった。じゃあ、みんなの予定を聞いとくから」
「よろしくねっ、副会長」
学校からの帰り道、朋夏は久しぶりに充実感が胸に沸き上がってきているのに気付いた。
具体的に何をするかは決まったわけではないけれど、とにかく一つ目標ができたことが嬉しかった。
どうしよう、何をしよう、と考えるのが楽しい。
久しぶりに学校に行けて良かったと、鼻歌も出る。
自転車を漕ぐ足にも力が入る。
だから、というわけでもないのだろうけど、のどの渇きを覚える。
自宅まであとちょっとという所にあるコンビニで自転車を止めた。
雑誌コーナーをチラッと眺めながら、ドリンクコーナーに行く。
炭酸飲料の隣に並べられた赤いラベルのアイスティーを取り出すと、レジに向かった。
そこで、ドキっとしてしまう。
高齢の女性が先に並んでいた。
ドキっとしたのは、彼女がマスクを着けていなかったから。
それなのに、店員に大声で話し掛けていたから。
朋夏は無意識に、その高齢女性から距離を取るように数歩後ずさった。
マスクも着けずに外出するなんて、と背中を睨みつける。
目に力が入ったのに気付いてから、
「――ああ、私も同じだ」と自覚した。
学校で、東京から来たという新任教諭を責め立てた英雄と同じだ。
心底がっかりする。
情けなくて、どうしようもない。
いつの間にか人を区別している、いや、差別している。
いつから私はこんな風にさもしい人間になってしまったのだろうかと、自分で自分が嫌になる。
苦い思いをのみ込んで会計を済ませ店から出ると、空には綿雲が流れていた。
ただふわふわと、漂っていた。
雲の行方を仰ぎ見ながら、朋夏はアイスティーのペットボトルを右の頬に当てる。
とてもとても冷たいと、理不尽にその冷たさを憎んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます