第8話(3/3) 咀嚼するソーシャル
ゴールデンウイークの昼間だというのに、車の流れが途絶えがちな国道を
小さな公園を抜けると、片側3車線の県道で信号が変わるのを待つ。
「やっぱり、ここも空いてるな」
思わずそんなため息も出る。
横断歩道を渡って、朋夏はスーパーに入る。
「毎日、暇なんだからたまにはあなたが料理をしなさいよ」と母親に言われて、買い物に出てきていた。
そんなに暇じゃないんだけど、という反論は聞き入れられず、仕方なくカレーを作ることにした。
店員が消毒スプレーと布巾できれいにしてくれたばかりの籠を手に店内を見て回る。
玉ねぎは家にあったから、野菜はニンジンとジャガイモだけでいい。余計なアレンジを加えようとすると、ろくなことにならないのは知っている。
次に向かうのは、肉のコーナー。
予算と相談して、豚肉にしようと思っていたのだが、隣の牛肉コーナーを見て伸ばしかけた手を止めた。
「なんか安いな」
朋夏は、はてと、首を傾げてから思い出す。
飲食店が軒並み休業していることで、食材が市場には余っていると、昨日のニュースでやっていた。
だから、スーパーに並ぶ牛肉も普段よりお値ごろになっているのだろう。
それでも少し予算をオーバーするのだけれど、朋夏は「農家の人を応援しなくちゃね」と、言い訳して牛角切り肉のパックを籠に入れた。
家に帰ると、食材を冷蔵庫にしまうことなく、そのまま料理を始める。
まずは、朋夏が一番嫌いな玉ねぎのみじん切り。
この工程をしっかりこなすことで、出来上がりのコクが全然違うのは分かっているのだけれど、とにかく面倒くさい。
家にある古い包丁だと、切っているうちに刃にくっついてくるし、何より鼻につんと来るのが嫌だ。
今日も半分ぐらい切り終えたところで、やはり涙が出そうになってくる。
家に備蓄してあった古い玉ねぎだから、余計に目が痛い。
いったん、包丁を動かす手を止めた朋夏は目元を拭って、ふと思う。
「最近、泣いてないな。なんでだろう?」
休校が続き家の中でばかり生活していると、いろんな場面で寂しさを感じる。
ものすごく悲しくなることだって、ある。
でも、涙は流れてくれない。
再び玉ねぎを切り始めながらも、そんなことを考え続ける。
やっと刻み終わった玉ねぎを鍋に移し、炒め始める。
こんがりきつね色になったころに、気付く。
泣けないのは、近くに友達がいないから。
これまで泣いていたのは、誰かがそばにいた時。
だから、ソーシャルディスタンスとやらのせいで、人と人の距離を空けないといけない今、私は涙を流せないんだと、朋夏は腑に落ちた。
視線を上げて壁掛け時計を見ると、そろそろ生徒会のミーティングの時間が迫っていた。
残りの工程を手早く済ませると、後は煮込むだけ。
火の当番を母親に任せて、朋夏は自分の部屋に向かった。
「さて、みんな集まってくれてありがとー」
朋夏はスマホリングで横置きにしたスマホに向かって声を掛ける。
6等分された画面の中で、副会長の
広報の
他の面々も頷いたり、笑ったりと、とにかく準備はできたようだ。
朋夏は両肘をついて組んだ両手の上に顎をのせ、「ふっふっふっ」と不敵に笑う。
「今日、集まってもらった理由は分かっているね?」
『いや、会長、そんな小芝居はいらないから。会長がなんかやりたいっていうから、ミーティングしてるんでしょ?』
やはり冷静につっこむのは、大祐。
そんな反応に、朋夏は唇を尖らせる。
「えー、つまんないなぁ。ちょっとぐらいは遊ぼうよ?」
『遊ぶなんて自分で言ったらダメでしょ』
亜理紗も朋夏のおふざけに釘を刺す。
「はぁ」と朋夏はため息を漏らし、分かったよと続ける。
「大井くんが言ったように、今日は生徒会として今の状況で何ができるかを考えるために集まってもらいました。一番に考えたいのは、みんなと会えないことで生まれる孤独感をなんとかしたいってこと」
ようやく真面目な表情を取り戻した朋夏は、そう告げて画面に映る生徒会役員たちの顔を眺める。
事前に議題は伝えてあったけど、やっぱりすぐにはこれといった反応はない。
「どうかな? なんかアイデアはない?」
『私も考えたんだけど、ちょっと難しいよね。グループチャットとかは今でもあるけど、なんか違う気がするし』
亜理紗の発言に、他の役員も頷いている。
ネットを使って孤独感を何とかしようなんて、ムシのいい話だと朋夏も思う。
文字とちょっとの映像でのつながりだけなんて、現実のつながりに比べれば薄いと、感じている。
けれど、やりようはある、と一つ提案する。
「私は文化祭をやりたい」
朋夏の突拍子もない発言に反応はない。
だから、朋夏は丁寧に説明する。
「本当なら5月下旬に毎年、文化祭をやってるよね? けど、今年はそれまでに学校が再開してもできないと思うんだ。だけど、VRって言うのかな? あれを使ったらできるんじゃないかと思ってるんだけど、どう、かな?」
『本来の文化祭の時期を考えたら、もうすぐだけど、それまでにやるの?』
不安げに尋ねる亜理紗に、朋夏は首を縦に振る。
「今やらないと意味がないんだよ」
『どうして?』
「休校が始まってもう2か月以上経つよね。それに、このまま学校が始まってもみんなギクシャクしちゃうと思うんだよね。4月の臨時登校の時にもそんな風に感じたし」
『そうですね。新しいクラスになって本当ならもうみんな雰囲気に馴染むころなのに、まだ進級したって実感すらないし』
そう言う1年生の女の子に、朋夏は「そうだね」と優しく応える。
「だからさ、みんなで一つになれることをしたいんだよ」
間をおいて付け加える。
「私、3密を避けましょうって嫌いなんだよね。今は良くないって分かるよ。けど、密接して密集して、初めて人と人はつながれるんじゃないかな?」
『密閉はどうしたんだよ?』と相変わらず冷静に大祐が口を挟むが、朋夏は「もうっ、話の腰を折らないでよねっ」と、話を続ける。
「とにかくっ、ネット上なら3密になっても問題ないし、学校再開に向けていい雰囲気を作っていけるはずなんだよ。だから、これは私たちの3密をつくる機会なんだよ」
『朋夏が言いたいことは分かったけど、そもそも技術的にネット上で文化祭なんてできるの?』
亜理紗の表情はなおも曇っている。
「いやー、実はそこは私も分からないんだよね」
平然と言ってのける朋夏に亜理紗が『おいっ』と、つっこみを入れる。
朋夏は「どうしよっか?」と頬をかく。
『やっぱり別のことを考えようよ? 例えば……』
亜理紗が発言を続けようとするのを、大祐が止めた。
『技術的な問題を解決できそうな奴なら一人心当たりがある』
「そうなの?」
朋夏はすっかり目を輝かせている。
『たぶん大丈夫だと思う。やり方はちょっと違うけど、この間もネットでいろいろやってたしな』
「それは心強いね。じゃあ、早速来週末にやろっか?」
あっけらかんと言う朋夏に、大祐は絶句する。
『……ちょっと、それはきつくないか?』
けれども、朋夏の返す言葉は力強い。
「無理かもしれないけど、でも、無理そうだからこそやる価値があるんじゃないかなぁ?」
『まじで言ってるのか?』
食い下がる大祐だが、朋夏はブンと首を振る。
「もちろん。全力を尽くそうよ。そう言えるだけでも嬉しいことだよ」
『……分かった。何とかしてみるよ。それにVRは無理かもしれない。機械もみんな持ってないだろうし。アバター作って自由に見て回るみたいな形だったらいけるかも』
「アバター? あの青いやつ?」
『いや、たぶん会長が思ってるのは違う』
「まぁ、何でもいいよ。細かいところは任せる」
『……そんないい加減でいいのかよ?』
再び言葉を失う大祐を朋夏は気にしない。
「よしっ、じゃあ出し物の検討に入るよ」
その後、朋夏たちは当日の出し物のプログラムを組み立てた。
各クラスや文化系の部活への声掛けを分担することも確認した。
2時間余りに及んだミーティングが終わるころ、朋夏のスマホの充電は切れかける寸前だった。
「じゃあ、時間はないけど頑張ろうね」
挨拶を済ませ、遠隔会議アプリを落とすと、朋夏はそのまま仰向けに転がる。
スマホ越しとはいえ、これほど人と話したのは、いつ以来だろうか。
口の疲れをほぐすように、両頬をぷにぷにとマッサージする。
顔だけ動かし時計を見ると、ちょうど夕食に良さそうな時間になっていた。
そろそろカレーがいい味になっているはず、と思うと腹が鳴る。
涙をにじませてくれた玉ねぎがいい働きをしてくれているはず、と大きく伸びをする。
「腹が減っては戦はできぬ」
「しょうもないな」と笑って、朋夏は体を起こした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます