第7話(2/3) おもいおもいの重い思い
1週間後の夕食時のことだった。
リビングのテレビはローカルニュースを流していた。
インターハイの中止に対する県内の高校生たちのコメントに続いて、ニュースキャスターが言葉を発した。
『続いては、長年地域に親しまれたお店。今日で歴史に幕を下ろします』
そして――画面に映ったのは、件の肉屋だった。
「はっ?」
食卓につこうとしていた
『本当にこの地域の皆さんには良くしてもらったよ。皆さんのおかげで今日まで商売をしてこられたことを感謝したいね』
見慣れた老店主が、生中継のインタビューに応えていた。
晴れ晴れとした、まさに好々爺といった表情を浮かべる。
それを目にした瞬間、雅人はリビングから飛び出していた。
「お兄ちゃん、どうするの?」
背後から掛けられた
家を出ると、店に向かって駆け出す。
歩いても5分はかからない距離だが、もどかしい。
外出時に最近はいつも着けているマスクもしていないことに気付いたが、どうでもいい。
ただ、足を動かす。
雅人が店に着いた時には生中継は終わり、店主はテレビ局の取材スタッフに挨拶をしていた。
「あのっ、今日で、店を閉めるって本当なんですか?」
突然、雅人に声を掛けられ、店主は目を見開く。
「あぁ、君はいつも来てくれてた子だね」
「はいっ、帰りがけに食べるここのコロッケを楽しみに、いつも部活を頑張ってました」
「嬉しいことを言ってくれるな」
はっはっはと、店主は声に出して笑う。
「あの、それで……」
「あぁ、そうだよ。今日で店を閉めるんだ」
分かりきった答えだったが、改めて突きつけられた現実に雅人は唇をかみしめる。
「……それってやっぱり、コロナがあったからなんですか?」
「跡継ぎもいないし、そろそろ潮時だと思ってたんだよ。まぁ、コロナのことがあって、ちょっと予定より早くはなったけれどね」
「……そう、ですか。何と言えばいいか分からないけど、ほんとに、残念です」
肩を落とす雅人を、店主は目を細めて見る。
「そう言ってもらえるだけで、嬉しいよ。これまでありがとうな」
「いいえ……」
「これからも部活頑張れよ」
「……はい」
今の状況で何をどう頑張ればいいのか、見当も付かなかったが、雅人にはそう応えることしかできなかった。
つらいのはみんな一緒なのだから、我慢するしかない。今できることをやるしかない。
そう考えることしかできなかった。
雅人は店主と握手を交わし、別れを告げると帰路に就いた。
いつにもまして人通りの少ない道を歩くと、寂しさが胸を覆う。
ふと、あのツイートの主は、店が閉まったことを知っているのか、今、何をしているのかと思い至る。
立ち止まり、ポケットからスマホを取り出す。
ツイートの主は、ニュースのことを知っていたらしい。
最新のツイートは――『俺は悪くない』だった。10分前に投稿されていた。
「……っ。何だよ。何なんだよっ!」
雅人は叫ぶ。
スマホを強く握りしめる。
『俺は悪くない』だと? なら、誰が、何が、悪いんだよ?
思わず地面に叩き付けようとしたスマホが震える。
その画面は、
「……どうした?」
『大丈夫か?』
「……大丈夫に、する」
『だよな。ショックなのは、俺も一緒だ』
雅人はその言葉に違和感を覚え、尋ねる。
「待て、隆司は何の話をしてるんだ?」
『何って、インターハイのことだろ? 違うのか?』
あぁ、そうだった、ニュースはそのことも伝えていたと、雅人は思い出す。
この気の利くキャプテンは、俺のことを何でもお見通しだとばかり思っていたが、そうではなかったらしい。
きっと、インターハイ中止でショックを受けたチームメートを心配してみんなに電話しているんだろう。
だけど、こいつになら俺の夢をやはり託してもいいんじゃないかと思う。
「なぁ、隆司」
『どうした、突然真剣な声で?』
「インターハイが中止になっても俺たちにはまだ冬の選手権があるよな」
『そうだな』
「お前、そこで絶対に活躍しろよ。そして、絶対にプロになれ」
『何だよ、いきなり。……まぁ、俺はもとからそのつもりだけどな』
「あぁ、頼んだぞ」
俺の代わりにヒーローになってくれ、とはさすがに恥ずかしくて言えなかった。
けれど、こいつはいつか俺の夢を叶えてくれるはずだ。
雅人は、そう確信していた。
隆司との通話を終え、スマホのスリープボタンを押す。
カチャリと音を立てて暗転した画面は、静かに雅人の顔を映し出していた。
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