第4話(4/4) 溺れる者がつかむもの

 園長に別れを告げた2人は、帰宅途中にスーパーに寄った。

 自動ドアをくぐった所で、備え付けられた機械から霧が出ているのを見て麻悠まゆが声を上げる。


「前来た時はこんなのなかったけど、何だろう? 暑い時期にはもっと大きいのがあるのを見たことがあるけど」


 よく見てみようと近寄った所で「ごほっごほっ」とせき込んだ。


「次亜塩素酸水だってさ」


 悠真ゆうまが麻悠を噴霧器から引き離しながら説明する。


「じあ……何?」

「次亜塩素酸水。消毒液の代わりだろ」

「こんなのが効果あるの?」

「何だよ。布マスクの効果は勝手に信じるのに、これの効果は疑うのか?」

「だって、そのじあ何とかって聞いたことないんだもん」


 悠真は、相変わらず水溶液の名前を覚えようとしない麻悠にあきれ顔を向ける。


「聞いたことないものは信じないのか?」

「うーん、信じないっていうか、どう捉えればいいのか分からないんだよね。そもそも効果がこうですっていう人のことを信頼できるのかできないのかも分からないって言うか」

「その感覚は、よく分からないな」


 顎に手をやって考え込む悠真に麻悠は憤る。


「双子を始めてもうすぐ18年なのに、私のことが分からないってどういうこと?」

「双子を始めてなんて表現はないと思うぞ。それに、麻悠も俺のことがなんでも分かるわけじゃないだろ?」

「いいえ、私は悠真のことは分かります。何でも分かりますよーだっ」

「じゃあ、俺が今考えてることを当ててみろ?」

「そんなの簡単だよっ。麻悠はバカだなって思ってるでしょ?」


 堂々と応える麻悠を見て、悠真は腹を抱えて笑う。


「当たってるけど、麻悠はそれでいいのか?」

「いいんだよ。私は悠真にはどう思われてもいいの」

「そうなのか?」

「そうだよ。だって、悠真は私が困ってる時は最終的には助けてくれるでしょ?」


「そりゃそうだけどさ」と照れ臭そうに小声で応える悠真に麻悠は頷く。


「で、話を戻すけど、私はよく分からないものは信じていいのか分からないの」


「だから」と悠真をビシっと指差す。


「悠真が信頼しろって言えば、そうするから悠真がちゃんとしてよね」

「いや、それ面倒なだけだろ?」


 麻悠は「ばれた?」と頬をポリポリかく。


「まぁ、いいけどさ。さっさと買い物済ませるぞ」


 買い物かごを手に取って置き去りにしようとする悠真に駆け寄り、麻悠は声を掛ける。


「今日の夕食は何にするの?」

「さあ? 麻悠は俺の考えてることが分かるんだろ?」


 意地悪く口の端を上げる悠真に、麻悠は胸を張る。


「もちろん」


 そう言って、目当ての食材を目に付いたものからかごに放り込んでいく。

 悠真は、それは俺が買うつもりだったものじゃないんだが、と思いながらも口には出さない。

 麻悠が自分を信じるというのであれば、自分も麻悠を信じようと思う。



 結局、信頼なんてものはそんなものなんだろう。

 その積み重ねが真実をつくるんだろう。

 絶対に間違いはないと言えない以上、そうやって価値判断するしかない。

 今のコロナのことだってそうだ。

 大事なのは、いつか振り返った時にあの時は間違ってたねって笑い合える寛容さなんじゃないかと思う。

 


 悠真が、順調に重くなっていく買い物かごを眺めながらそんなことを考えていると、麻悠が食材に伸ばした手を止めて不安げな瞳を向けてきた。


「今日は鍋って気分じゃなかった?」


 正直言えば、4月半ばにもなって鍋というのは違うんじゃないかなという気もしないでもない。

 けれど、悠真は麻悠の感覚を信じることに決めたのだ。


「いや、麻悠がつくってくれる鍋を楽しみにしてるよ」


 そう言ってやった。


「あっ、手伝わないつもりでしょ?」


 そんな反応が返ってくるのも織り込み済み。


「さすが双子だな。俺の考えてることがよく分かってる」


 麻悠が悔しそうな表情を浮かべたのは一瞬だけ。

 2人は顔を見合わせると、声を上げて笑った。

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