第4話(2/4) 溺れる者がつかむもの
2人が次に児童クラブを訪れたのは2月最後の金曜日だった。
中に入ろうとしてると、それに気付いた園長が玄関先まで出てきた。
「こんにちは」
「どうかしましたか?」
「あぁ、ちょっと言いにくいんだが……。ちょっとこっちに来てくれるか」
声を落として、2人を園庭の隅に誘う。
神妙な園長の声を聞き、麻悠と悠真は視線を交わし合って後に続く。
「昨日、休校要請が出されたのは知ってるだろう?」
園長の言葉に2人は頷く。
「はい、私たちの学校も週明けから休校になりました」
「うん、それで申し訳ないんだけど、君たちの手伝いもしばらくは遠慮してもらいたいんだよ」
「どうしてですか?」
突然の事態に目を丸くする麻悠を見て、悠真が尋ねた。
「言いにくいんだけど、保護者からボランティアの子たちが感染のリスクを高めるんじゃないかって言われてしまったんだよ」
「けど、学校が休みになるってことは、児童クラブは午前中から開けないといけないんですよね?」
悠真の質問に園長は静かに首を縦に振る。
そんな園長とは対照的に麻悠が声のトーンを上げる。
「じゃあ、人手が足りなくなりますよね? こういう時こそ、私たちを頼ってください」
「その気持ちは本当にありがたいよ。けどね、コロナはまだ分からないことが多すぎるんだよ。若者が感染を拡大させたなんていう海外の報道もあるしね」
「私たちは、そんなことしません」
麻悠の声音は悲しさを帯びる。
「手伝ってくれようとする気持ちだけでもありがたいよ。人手が足りない部分は今いるスタッフで何とかするから」
そこまで言われると、麻悠と悠真には言葉を返すことはできなかった。
結局、2人はそのまま児童クラブを後にするしかなった。
休校が始まって1週間。
麻悠と悠真は暇を持て余していた。
外出するわけにもいかず、家の中で無為な時間を過ごすしかなかった。
麻悠はリビングのソファーに体を預けテレビをザッピングしていた。
「なんかおもしろい番組でもあるか?」
いつの間にか部屋に入ってきていた悠真が声を掛ける。
「ううん、平日の昼間だし、なーんもないよ」
「だよな」
麻悠に同意しながらも、悠真も隣に座りテレビ画面に目を向ける。
「……暇だな」
「うん。けど……」
中途半端に口を閉じた麻悠に悠真は怪訝そうな表情を浮かべる。
「けど、どうしたんだ?」
「あの児童クラブは大変そうだなって思って」
「あぁ、そうだな。もともとスタッフさんも少ないところなのに、毎日朝から子どもを預かってるわけだからな」
「何のための休校なんだろうね? みんな大変な思いをしてまで休校しないといけないのかな?」
「感染を防ぐためには仕方ないだろ」
麻悠は、にべもない悠真の態度に腹立たしさを覚えるが、感染を防ぐというお題目に逆らうつもりはない。
「私だって理解はするよ。けど、納得はできないよ」
つぶやく麻悠を、悠真はちらりと見る。
「誰も納得することなんて求めてないんだろ」
「じゃあさ、私たちに何かできることってないかな?」
「そんなのないだろ。あるとすれば、こうやって家でじっとしてることだけだよ」
相変わらず冷たい悠真の応答に、麻悠は頬を膨らませテレビのリモコンを操作する。
「あっ」
画面に映ったニュースを目にして、麻悠が声を上げる。
「これだよ」と、テレビを指差す。
ニュースは、マスクの品薄が続き困っているという高齢者のコメントを流していた。
「これって?」
顔を向ける悠真に、麻悠は目を輝かせる。
「たぶん児童クラブもマスクは足りないと思うんだよね。だから、私たちが何とかしようよ」
「何とかってどうするんだよ。店にも売ってないし。ネットオークションで落とすとでも言うのかよ?」
「違うよ」
麻悠は顔の前できざったらしく人差し指を振る。
「ないなら、作ればいいんだよ」
「作るって、どうするんだよ?」
「手芸品店に行けば、いろいろあるはずだよ」
「それって布マスクだろ? 布マスクはあんまり効果がないってこないだ見たぞ」
悠真は「ほら」と、ニュースサイトを開いたスマホの画面を麻悠に示す。
麻悠はスマホの画面に一瞥をくれると、横にブンブン顔を振る。
「そういう説もあるってだけでしょ。私は布マスクでも効果はあるって思ってるからいいの」
「その考えはどうかと思うけどな」
「いいんだよ。人はね、結局、信じたいものしか信じられないんだよ。だから、私は布マスクでも効果があるって信じる。それに、信じるものは救われるって言うでしょ?」
強引に屁理屈とも呼べない理論を並べ立て、「手伝ってよ」と言う姉に、やはり自分たち双子は似ていないと、颯真は思う。
けれど、麻悠の言うことは必ずしも間違ってはいないとも考えていた。
なぜなら科学は、万能のご神託なんかではないから。
今分かっていることをつなぎ合わせた最善の結果に過ぎない。
最新の科学も何年か経てば、陳腐な理論だったということが分かるかもしれない。
逆に科学的に否定されていることが、実は正しかったと証明される可能性だってある。
だったら、この姉を手伝うのも悪くはないかと、悠真は口を開く。
「分かったよ。俺も手伝うよ。ただ、知ってると思うけど、裁縫は得意じゃないからな」
「うん、知ってる。悠真はできることだけしてくれたらいいよ」
「はいはい」
まぁ、いい暇つぶしにはなるだろう。
悠真はそう独り言ちて、早速買い物に出掛けようとしている麻悠の後に続いた。
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