第4話(1/4) 溺れる者がつかむもの
何を信じればいいのか分からない時は、最後には神を頼るしかない。
2月末にしては暖かい陽射しが差し込む教室の一角で、
学年末テストの最終日の最後の科目。
最も苦手にしている英語の問題に手こずっていた。
うーんと唸ってもこれという答えは全然思いつかない。
だから、最終的には選択肢を適当に並べることになった。
「まっ、うちの学校で留年したなんて聞いたことないから、大丈夫なんじゃないかな?」
麻悠のつぶやきは、試験終了を告げるチャイムの音に溶け込んだ。
出来はともかく、試験が終わったことに安堵し、麻悠は足取り軽く昇降口へと向かう。
「おせーよ」
靴箱にたどり着いた所で、不機嫌を隠さない声が投げ掛けられた。
そこに立っていたのは双子の弟の
「仕方ないでしょ。女の子にはいろいろと準備することがあるんだから」
麻悠は振り向きもせず、淡々と靴を履き替える。
「弟と出掛けるのに、準備も何もないだろ?」
「そうだよ、悠真はどうでもいいんだよ」
「じゃあ、なんだよ?」
「だって、今から行く所にはイケメンがたくさんいるからね」
声を弾ませる麻悠に悠真はあきれ顔を向ける。
「イケメンって、誰のことだよ? 俺たちが今から向かうのは児童クラブだぞ?」
「だから、そこにたくさん来るでしょ? 将来のイケメンが」
「うげっ……」
悠真は苦虫を嚙み潰したような顔を見せる。
「麻悠はショタコンだったのか……」
「違うし。ショタコンじゃないし。将来への投資だよ」
はあと、大げさに肩を落とす悠真。
「なんで麻悠が俺の姉ちゃんなんだろうな?」
「私が先に生まれたからでしょ?」
「いや、そういうんじゃなくてだな……。そもそも、昔は後から出てきた方が上って考えもあったらしいぞ」
「大丈夫、私は昔のことなんて気にしないから。大事なのは今だよ」
「何が大丈夫なんだよ? その調子じゃテストも大丈夫じゃなかったんだろうな」
「うっ……。と、とにかく行くよ」
痛いところを突かれた麻悠は、悠真を置いて、そそくさと校舎から出ていく。
悠真はその後ろ姿にジト目を送ってから、「いつものことながら、しょうがないな」と、後を追った。
2人が向かう児童クラブは学校から5分ほどの距離。
両親と園長が知り合いということもあって、高校に入学してから週に数回、ボランティアをしている。
児童クラブに着くのは、普段は当然小学生の方が早い。けれど、この日は学年末テストだけだったので、2人が建物に入るのは子どもたちとほぼ同時だった。
「あっ、お兄ちゃん、お姉ちゃん、こんにちは」
気付いた児童たちが口々に2人に声を掛ける。
「こんにちは、今日もよろしくね」
「おう、元気そうだな」
そんな風に、あいさつを返す2人を園長が出迎えてくれた。
「今日は早かったんだね」
「はい、今日はテストだけだったので」
麻悠が元気よく応える。
だが、
「そうか、もう学年末テストの時期なんだね。どうだった?」
という園長の質問には声を詰まらせ目線を逸らす。
そんな姉の様子に苦笑して、悠真が代わりに口を開く。
「僕はまあまあでしたね。姉については、まぁ、ご察しの通りということで」
「なるほど。君たちは来年は受験だし、ここの手伝いも無理のない範囲でいいからね」
優しく告げる園長に、麻悠は顔の前でブンブンと手を振る。
「いいえ、無理なんてしてません。子どもたちと接するのは好きなので、むしろ私たちの方こそ楽しませてもらってますから」
「けど、園長先生の言う通りだぞ。もし麻悠だけ浪人するようなことがあれば、俺の方が学年が上ってことになるんだからな」
「えーっ、それは困る。姉としての威厳が保てなくなるよ」
「もとから、そんな威厳なんてないけどな」
2人が園長を囲んで言葉を交わしていると、耳ざとい女の子が近付いてきた。
「お姉ちゃんは勉強苦手なの? それなら私の宿題はお兄ちゃんに見てもらおうかな?」
じっと顔を見つめられて麻悠は慌てて否定する。
「違うよ。私はちょっと得意じゃないってだけだよ」
「でも得意の反対は苦手だって、学校で習ったよ」
「ううん、この世の中はね、そんなに単純じゃないんだよ。何かの反対が別の何かってことはないんだよ。その間もあるんだよ」
麻悠が必死になって言葉を継げば継ぐほど、女の子の顔が曇る。
見てはいられないと、悠真が口を挟む。
「ほら、麻悠が変なこと言うから、困ってるだろ」
「でも……」
なおも反論しようとする麻悠を放って悠真が女の子の前にしゃがみ込む。
「勉強はお兄ちゃんが見てあげるから、安心して」
「うんっ、お願いします」
そう言って、女の子は悠真の手を引いて自分の席へと戻っていった。
残された麻悠は、うぬぬぬぬぬ、とひとしきり唸る。
けれど、弟ばかりに手柄は取らせまいと、気を取り直して児童たちの所に向かった。
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