第3話(2/4) 片思いのワクチン
30分ほど歩いて自宅へ戻ってきた
にわかには信じられないが、見間違うはずもない。
右手でスマホをいじりながら、左手に持った缶コーヒーをちびちび飲んでいる。
ブラックコーヒーは苦手だったはずなのに、かっこつけちゃって。
二葉が内心毒づくのは、照れ隠しだ。
まだ言葉を交わすどころか、自分がいることにも気付かれてすらいないのに、気恥ずかしい。
まさか会えるなんて思っていなかったから、心の準備ができていない。
――でも、もう我慢できない。
肩先まで伸びた黒髪を右手で撫でる。
「何してんのよ?」
二葉は涼太に声を投げつけた。
心の内を読み取られないようにいつも以上につっけんどんな口調を涼太は気にしない。
「よう、元気か?」
スマホをジーンズのポケットにしまって、顔を上げる。
「質問に質問で返さないでよね」
「たいそうなご挨拶だな」
涼太は頬を人差し指でかき、苦笑する。
「幼馴染が帰ってきたってのに、嬉しくないのか?」
そんなの決まっている。
嬉しくないことなんてない。
二葉は心臓の鼓動を必死に抑える。
「……別に」
「二葉は冷たいなぁ」
「そんなことないし。それより、ほんとになんで帰ってきたのよ?」
「暇だからな。学校もずっと休みだし。親とも話して、春休みも帰ってこれなかったし、しばらく家にいようと思ってな」
「へぇ、しばらく、ね」
気持ちを悟られないように、二葉は目線を逸らして素っ気なさを装う。
「そうだよ。二葉が暇だったら遊んでやってもいいぞ?」
「なんで上から目線なのよ?」
「だって、さっきおばさんに挨拶したら、二葉は涼太くんと会いたがっていたから、よろしくねって言われたぞ?」
もう、お母さんはいつも余計なことを言うんだから、と二葉は憤る。
けれど、前と変わらない調子で涼太と会話できていることにホッとする。
「分かったわよ。あたしも涼太と遊んであげるから」
「ったく、相変わらず二葉は素直じゃないな」
そう言って唇の端を上げる涼太に、二葉の胸はさらに高鳴る。
けど、どうしてほんとに、あたしは素直になれないんだろうと、思う。
コロナのせいですっかり世間は変わってしまったのに、あたしが素直じゃないのは変わらない。
ストレートに好きって言えたらいいのに、できない。
この関係が壊れてしまうかもしれないっていう考えが頭から拭えない。
「……どうしたんだよ、いきなり黙り込んで?」
涼太が二葉の目を覗き込み、自分だけの世界に入り込みそうになっている二葉を止める。
至近距離での不意打ちは止めてほしいと、二葉の心臓は悲鳴を上げる。
そんな動揺を隠すべく、二葉は口を開く。
「何でもないわよ。それより、涼太はこんな時期に戻ってきて良かったの?」
「いや、さっきも言ったけど、暇だから、しょうがないだろ」
「そういうことを言ってるんじゃなくて、なんかさぁ移動したらいけないみたいな空気があるでしょ?」
「あぁ、そういうことか。確かにそうだな」
さっきまで軽い受け答えをしていた涼太が真剣な表情になる。
唇を軽く結んだかと思うと、すぐに言葉を継ぐ。
「俺、ああいうの嫌なんだよ」
「……嫌って?」
「人から価値観を押し付けられることかな。移動すれば感染を広げるリスクがあるっていうのは分かるよ。このまま感染が広がり続けちゃいけないってのも理解するよ。でもさ、なんで行動を制限されなくちゃいけないんだよ?」
「自分でもリスクがあるって言ってるじゃない?」
「だからさ、俺が嫌って言ってるのは、人から何かをしろって言われること。……いや、ちょっと違うな。俺が嫌いなのは同調圧力だ」
「同調圧力?」
はてと、首を傾げる二葉を見て、涼太は表情を和らげる。
「ごめん、ごめん、二葉には難しい言葉だったな」
「違うっ! 言葉の意味ぐらいは分かるし」
二葉は顔を真っ赤にして抗議する。
対する涼太は、ははっと笑う。
「つまり、何かをすることが正しいって空気があって、それを強いられるのが気持ち悪いんだよ。移動することに罰則でもあるなら素直に従うけど、それもないしな。だから、俺は帰ってきた」
あくまで淡々と大胆なことを言う涼太に、二葉は「あぁ、こういうところに、あたしは心を引かれてしまっているんだ」と自覚させられる。
いつもこうなんだよ、涼太は。
スッとした芯が通っている。
いつだって、どんな時だって自分を曲げない。
重苦しい空気に押しつぶされそうになっていた自分なんかとは違う。
「とにかくさ、二葉は俺が帰ってきて嬉しいんだろ? それでいいだろ?」
それでも二葉は、必死に本心を隠す。
「嬉しくなんてないしっ」
「おっ、ツンデレおつ」
「ちっ、違うしっ!」
二葉は絶対に違うと心の中でも繰り返す。
あたしの気持ちはアニメやマンガのテンプレ幼馴染なんかとは違う。
ツンデレなんて変な言葉に押し込めてほしくない。
この気持ちはそんなに単純なものじゃないって心の中で叫ぶ。
けれど、
「その反応は……。もしかして、二葉は俺のことが好きなのか?」
白い歯を覗かせる涼太の眼前に、ビシっと人差し指を突きつけてしまう。
「べっ、別にあんたのことなんて好きでもなんでもないんだからっ!」
そう言ってしまう。
恥ずかしい言葉が口から飛び出してから気付く。
――これは幼馴染としての同調圧力なのかな?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます