第3話(1/4) 片思いのワクチン

 線路沿い打ち捨てられた空き缶のトマトジュースに止まったらダメ


 線路沿いを歩きながら空き缶を目にしただけで、そんな短歌を詠んでしまうほど、江南二葉えなみふたばはセンチメンタルな気分に陥っていた。


 4月初めの昼下がり。暖かな空気が漂う日。

 運動不足を少しでも解消したいと、二葉は自宅近くをあてもなく歩いていた。


「なんだそりゃ?」


 頭に浮かんだ五・七・五・七・七に、自ら突っ込むけれど、理由は分かっている。

 目にした空き缶は、トマトジュースなんかじゃなかった。

 端が錆び始めている缶の表面を赤く彩っていたのはリンゴのイラスト。

 それでも、トマトジュースを連想してしまったのは、二葉の好きな人が好きな飲み物だから。

 隣の家の松崎凉太まつさきりょうた

 幼稚園の頃からずっと一緒に過ごしてきた同い年の幼馴染。

 けれど、涼太が二つ隣の県の全寮制高校に進学してからは長期休暇の時にしか顔を合わせることができない。

 そんな生活も3年目になっていた。

 だから、二葉は春休みを楽しみにしていたのに、今年の春、涼太は帰ってこられなかった。


 コロナのせいだ。


 二葉は空を憎らし気に睨む。

 でも、それだけじゃないと、知っている。

 罰則なんてないのに、県をまたいでの移動は自粛するべきだという空気が世間を覆っていた。

 目に見えないものは、怖い。

それが、ウイルスであれ、空気であれ。


「結局、一番怖いのは人間なんじゃないかな?」


 ゆっくり降り始めた踏切の前で立ち止まり、二葉はそっとつぶやく。

 涼太とは、ラインでくだらないスタンプを送り合ったりとか、たまに電話したりとか、つながりは持てている。

 けれど、やっぱり顔を見たい。同じ時を過ごしたい。

 それができないと思えば思うほど、気持ちが大きくなるのは止められない。


 二葉は顔を上げて、ため息がこぼれそうになるのをこらえる。

 視界の端に、黄色くペイントされた2両編成の電車が映る。

 高架の線路から地上に敷かれたレールへと、徐々に速度を上げる。

 あっという間に二葉の眼前を通り過ぎた。

 チラリと見えた車内に人の姿はまばら。

 もともと通勤通学時間帯以外は、それほど混み合う路線ではないけれど、その電車は空気を運んでいるかのようだった。


「そんなにスカスカなら、あたしを乗せてあいつの所に連れてってよ」


 二葉は、南から北に向かう電車の背に声を掛け、踏切を渡った。

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