第2話(4/4) 回らない観覧車
待ち合わせていた丘の上の公園に行くのに、
いつもの連休中なら臨時便が運行されるのだが、今年は逆に本数が減らされていたけれど、たまたまちょうどいい時間帯のバスがあって助かった。
七海がバスを降りると、
「由香、おはよ」
「おはよー」
スマホを覗き込んでいた由香は七海に気付くと、スマホをカバンにしまって立ち上がる。
並んで歩き出しながら、七海は由香にからかうような視線を向ける。
「それにしても、由香は相変わらず突飛な行動するよね?」
「そんなことないでしょ」
「そんなことあるよ。写真甲子園に出ることもそうだし、今日出掛けることだっていきなりだし」
「それは七海が、急だって思ってるだけでしょ? 私の行動の全てにはちゃんと意味があるんだよ」
由香は胸を張ってそう言う。
七海は、なら、朝のことも説明してもらおうと口を開く。
「じゃあさ、なんで今朝は私におめでとうなんて言ったの? 私のインスタ、軽く炎上してたんだけど」
「だって、何にせよ注目されるのはいいことでしょ?」
「いや、あんな変な注目のされ方は嫌なんだけどな」
ふてくされる七海に、「でもね」と由香は反論する。
「悪い感情でも反応があるってことは、七海の写真に意味があったってことだと思うんだよ」
「……意味があったって?」
七海は怪訝そうに由香の瞳を見つめる。
由香は立ち止まり、しっかり七海の目を見返す。にっこり微笑んで諭すような声音で言う。
「言葉には限界があると私は思ってるの。本当に言いたいことを言えなかったり、言いたくないことを口にしてしまったりするし。七海のあの写真に返ってきた反応は、普段言いたくても言えないことがあるってことの裏返しなんだと思う。みんな大人ぶりたいからね」
訥々と語る由香の傍らで、七海は黙りこくっている。
「七海の写真は感情を引き出したんだよ。私は写真の素人だけど、そんな風に誰かの感情をむき出しにできる写真ってすごいと思うよ。だから、七海はあのコメントを見て傷ついたかもしれないけど、私はそんな風に思ってほしくない。七海には胸を張っていてほしい」
そこまで言うと、由香は駆け出す。
あっけに取られる七海から数メートル離れると、振り返って表情を崩す。
「ちょっと、かっこつけちゃった。でも、たまには部長みたいでいいでしょ?」
頬をかく由香に、七海は目を細める。
普通にフォローしてくれても良かったのに。
でも、普通じゃないのが由香のいいところだとも思う。
普通が正しくないことだってあるから。
それはきっと、この世の中も同じなんだろう。
当たり前が当たり前でなくなった今、普通じゃないことの良さが誰かを救ってくれることもきっとある。
だから、素直に由香には感謝したい。
「由香、ありがとね。今日出掛けるのも、私を励ますためなんでしょ?」
「えっ? それは違うよ。なんてったって私は、写真甲子園に出す写真を1枚も撮ってないからね」
「はっ?」
「聞こえなかった?」
近付いて来ようとする由香を手で制して、七海は逆の手でこめかみの辺りを押さえる。
「ちょっと待って、ほんとに1枚も撮ってないの?」
「七海にうそついたってしょうがないでしょ?」
「いや、それはそうだけれど……」
「まっ、そういう訳だから、今日は1日、よろしくね?」
七海は「はぁ」とため息をついて思索を巡らせる。
こういう普通じゃなさも愛するべきなのだろうか。
自分を頼ってくれるのは、ある意味でかわいらしいとは思う。
けど、写真部の部長としてはどうなのかな?
そんな七海のジト目を、由香は笑って跳ね飛ばす。
「さぁ、行くよ?」
純粋な笑顔に七海は邪気が抜かれる気がした。
どうせやるなら徹底的にやろうと、腹を括る。
「分かった。じゃあ、今日は夜景がきれいに撮れるまで粘るよ?」
「えっ、さすがにそこまでは……」
口をもごもごさせる由香を放って、七海は展望台へ向かう坂道を上り始めた。
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