第2話(3/4) 回らない観覧車
当たり前の光景に意味を見出した
写真甲子園に参加するために写真を撮って回っていた。
シャッターを押す対象は変わってしまった光景にも広げた。
きっと、いつか元の生活に戻った時に意味がある写真になると思ったから。
その写真を見ればいつか、あの時は大変だったねと笑い合えるような気がしたから。
スーパーのレジ前にかけられた透明のフィルム。
そのレジ前の床に貼られた距離を空けるためのテープ。
すっかり人通りの少なくなってしまった交差点。
夜になっても灯らないネオン。
当たり前が当たり前じゃなくなったことを確認するのは、心が痛む作業だったけれど、七海は今この瞬間を切り取ることに使命感にも似た思いを抱いていた。
ゴールデンウイークに入ったばかりのころだった。
七海は、行き交う人がほとんどいない交差点の写真をインスタに上げた。
構図が甘く、写真甲子園に出すのは憚られる出来の一枚。
ただ、自分がその光景に見たもの悲しさを他の人にも感じてもらいたいというほんの軽い気持ちからだった。
眠りに就く直前、『寂しい人出』とだけコメントを添えてアップした。
翌朝早く七海は、けたたましいスマホの着信音によってたたき起こされた。
寝ぼけまなこをこすりながらスマホを手に取ると、写真部部長の
「おはよ、こんな朝からどうしたの?」
『おはよう、そして、おめでとう』
突然祝福されて、七海は混乱する。
誕生日でもないし、特に祝われることもないはずなのに、何だろう。まだ夢でも見ているのかと、頬をつねるがちゃんと痛い。
「いきなりおめでとうって言われても、何が何だかなんだけど?」
『七海のインスタがすごいことになってるよ』
「インスタ……? 昨日寝る前に写真アップしたけど、それがどうしたの?」
『……やっぱり気付いてなかったんだね。まぁ、とにかく見てみなよ?』
「どういうこと?」
『百聞は一見に如かず、だよ。あと、今日は私の撮影に付き合ってね?』
「はっ?」
『丘の上の展望台がある公園に行くから。せっかく早起きしたから10時に現地集合ってことで』
「えっ、ちょっ?」
『じゃあ、そういうことで、よろしく』
由香は七海の返答も聞かずにさっさと通話を終了してしまった。
七海は突然のことにしばし呆然とする。
そのまま手の平に載せたスマホを眺めていたが、由香が言っていたインスタのことが気になる。
すごいことって、どういうことなんだろうと首を傾げたまま、スマホでアプリを起動した。
自分のページを開くと、昨夜上げた写真に寄せられたコメントに目が吸い寄せられた。
『寂しい人出なんて、どんな感性してんの? 外出自粛中なんだから、人が少ないのは当たり前だろ。いいことを、さも悪いことかのように表現するなんておかしいんじゃないの?』
そのコメントに3桁を超える『いいね』が押されていることも、七海を追い打ちする。
「何なの?」
七海は画面を凝視する。いつの間にかスマホを握る手に力がこもっていた。
全然理解できなかった。
寂しいという表現がおかしい、と言われるのが分からない。
だって、寂しいものは寂しいんだから。
それは主観ではなく、客観と呼んでも差支えのない感覚だと、七海は信じていた。
けれど、コメントの主は、そう考える七海を断罪していた。
しかもそれに数百の人が賛同しているというのが、恐ろしいと、七海は自分の体を抱きかかえる。
外出自粛中だから外に出るのが良くないというのは、正しい。
そんなことは知っている。
でも、それを寂しいと捉える感性をおかしいと言うのは、正しいのだろうか。
――それこそ、おかしい。
七海の胸はぶつけようのない憤りで満たされる。
どうしようもない深みにはまりかけた寸前。
そういえばと、由香の言葉を思い出す。
『おめでとう』と言っていたのはなんだったのだろう?
人の不幸をあざ笑うような性格の悪い子じゃないのはこれまでの付き合いで知ってる。
じゃあ、なんで?
真意を問いただそうと、スマホに通話の画面を表示して、やめた。
どうせこのあと、会うことになっている。
由香は何も考えてなさそうに振る舞うけれど、それは大抵の場合が照れ隠しだ。
なら、直接会った時に話せばいい。
七海はベッドから体を起こし、出掛ける準備を始めた。
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