第2話(1/4) 回らない観覧車
空は青い。
夕焼けは赤い。
雨はいつかやむ。
当たり前のことだと、
右肩にぶら下げるのは、年の離れた兄からおさがりでもらったデジタル一眼レフカメラ。
普段よりも重たく感じるのは気のせいだろうか。
黄色いラインの入ったストラップがずれているのを左手で直す。
「どうしよ?」
七海は途方に暮れていた。
高校が休校になってからもうしばらく経つ。
授業がないだけじゃない。いろいろな当たり前が、当たり前じゃなくなってしまっていた。
けれど、七海の所属する写真部の部長、
七海とは同じ中学校の出身で長い付き合いになる彼女はある日、グループチャットで部員たちに告げた。
『写真甲子園に出るよ』
サムズアップするキャラクターのスタンプが添えられた由香のメッセージに、七海は首を傾げる。
もちろん写真甲子園という言葉は初耳ではない。
全国の高校生が自慢の写真を送って作品の出来を競う大会のことだ。
優秀作として選抜されたら、1か所に集まっての本戦にも出られる。
今年は、コロナのせいで本戦の開催方式は変わったことも七海は知っていた。
七海が怪訝な表情を浮かべるのは、今まで作品をコンテストとかに出展することなんて一度もなかったからだ。
普段の活動の大半は、部室でお菓子を食べながらだべること。
七海にとって部活は、写真の撮影技術を磨く場というよりも、おいしい紅茶の選び方を学ぶ場になっていた。
写真部らしいまともな活動と言えば、春先にある文化祭に部として展示することぐらい。
もともと写真が趣味だった七海は、入部当初こそ不満も感じたけれど、3年生にもなれば、すっかり部に馴染んでいた。
写真の撮影は休日や学校帰りに大抵1人でしていた。
たまに由香も付いてきたけど、いつも七海のそばでふんふんと頷いているだけだった。
だから、写真甲子園に出ようという突然の由香の提案に、七海は戸惑いを隠せなかった。
チャットでやり取りを重ねても、たぶん由香が何を考えているかは分からない。
メッセージを受け取った直後、七海は迷わず通話ボタンをタップした。
『おっ、わざわざ電話してくるなんて七海はさすがにやる気だね』
由香の応答は早かった。
ラインを送信したままスマホを手にしていたんだろうと、七海も驚かない。
「いや、そんなんじゃないよ」
『えーっ、じゃあどうしたの?』
「いや、いきなり写真甲子園に出るなんていうから、びっくりしたんだけど」
『そう?』
由香は心底不思議そうに尋ねてくる。
「だって、今まで私たちってほとんどまともに活動してないよね?」
『ちゃんと週に4日ぐらいは、部室に集まってたでしょ』
「けど、写真は撮ってないよ?」
呆れる七海に由香はふっふっふっと、笑みを返す。
『でも、いつも親睦は深めてきたよね。それは全て来るべき日に備えてのことだったんだよ』
「……それが、写真甲子園ってことなの?」
『ご名答。さすが私の見込んだ女は違うね』
「はぁ、そりゃどうも……」
疑問を解消しようと由香に電話したはずだったのに、逆に七海の頭はこんがらがっていた。
もっとも由香と話すときは、会話の主導権を握られるのは常のことなので、仕方がないことではあるのだけれど、それでも、釈然としない思いはすっきりさせたい。
「で、結局、写真甲子園に出るのは、なんでなの?」
『うーん、どうしてなんだろうね?』
「いやいやいや、聞いてるのはこっちなんですけどぉ?」
『正直言って、私にも分かんないんだよね。ほら、最近なんか分からないことばっかりでしょ?』
そう言う由香はまだ言葉足らずだったけれど、七海にはその気持ちは分かった。
確かにコロナが蔓延し始めてから、わけの分からないことばかりが起こっている。
喜んでいるのか、悲しんでいるのか、悔しがっているのか、自分の気持ちにも確信が持てないことだってある。
だったら、七海もよく分からないけど、由香の考えに乗ってみようかという気になる。
「分かった。やってみよう?」
『へへ、七海ならきっとそう言ってくれるって信じてたよ』
「もう、ほんとに調子がいいんだから。まぁ、いいけどさ、何を撮ればいいの?」
『そんなこと私に聞かないでよ』
「えっ、それを決めるのは部長でしょ?」
『長と付くものは大まかな方向性だけを示せばいいんだよ。細かいことまで指示すると、部下の創造性を奪ってしまうからね』
由香は得意げに言う。
「またなんか変なビジネス書でも読んだんでしょ? 読書家なのは結構なことだけど、すぐに影響を受けるのは由香の悪い癖だよ。それに、私は部下じゃないからね?」
『細かいことはどうでもいいでしょ?』
「細かくないんだけどな」
『とにかくっ、よろしく頼むね。他の子たちからも連絡が返ってきてるかもしれないから、そろそろ切るよ?』
「はぁ、由香は相変わらずだね。分かったよ、なんか考えてみる」
『うん、よろしく』
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