第1話(4/4) カタ・カタ・カタカナ 音だけ響く

 2人がたどり着いた商業施設は2階建て。

 大型書店や24時間営業のスーパー、アパレルショップやドラッグストアなどが入っている。

 平日の昼間は営業しているが、週末や夜間は休業していることを知らせる張り紙が入り口に掲げられていた。


「へえ、やっぱりここも影響を受けてるんだね」


 さやかは興味深そうにその張り紙を眺める。


「そんなことも知らないで、ここまで来たの?」

「えっ、だって関係ないでしょ。コーヒーショップが開いてるのだけは確認したんだから、それでいいでしょ?」

「ほんとに開いてるの? さすがにそこまで無関心だと、ちょっと心配になるんだけど」

「大丈夫だって。ほら、さっさと行こうよ?」


 さやかは香澄かすみの手を取って、店内を進む。

 コーヒーショップの緑のロゴマークが付いた看板が光っているのを見て、声を弾ませる。


「ほら、開いてるでしょ?」


 けれど、コーヒーショップの中が見える所まで行くと、あれと、首を傾げる。

 店内に人の姿はなく、テーブルやいすも片付けられていた。


「んんん? ……休みなのかな?」


 さやかはすっかり固まってしまう。

 代わりに、香澄が辺りを見回してサインプレートを見つける。


「さやか、あれ見て。テイクアウトだけで営業しますって書いてるよ」

「あっ、ほんとだ」


 香澄の指差す先を見て、さやかは顔を輝かせる。


「良かったぁ。ここまで来て休みだったら、どうしようかと思ったよ」

「さやかは、さっきちゃんと調べたって言ってなかった?」

「うっ……。今になって思えば、調べたような調べてないような、どっちだったかな?」

「もう、どっちでもいいわ。さっさと注文しよ?」

「はーい」


 さやかはまたしても自分を置いて行こうとする香澄の袖を掴んだ。



 2人は注文した飲み物を受け取ると、商業施設を出た。

 店内飲食ができないのなら、歩きながら飲もうと少し先にある人工島を目指す。

 電停とは逆方向で帰り道は長くなるが、どうせすることないんだしと、さやかが香澄を説得した。

 アイスキャラメルマキアートをちゅるりと口に含んでさやかは香澄に尋ねる。


「ねえ、マキアートって何?」

「さやかが今、飲んでいるものでしょ」

「もう、香澄は意地悪だなぁ。そんなことを聞いてるわけじゃないって分かってるでしょ?」

「分かっていても分からないふりをするのが大人なのよ」

「へぇー、そうなんだ。……って、また適当なこと言って私のこと誤魔化そうとしてるっ!」


 さやかは空いた手で香澄を指差し、非難する。

 香澄は「はぁ」とわざとらしくため息をついて、さやかに顔を向ける。


「どうでもいいでしょ? それ、おいしいでしょ?」

「うん。とっても甘くておいしい」

「なら、それでいいんじゃないの? 自分に関係することだけ分かってればいいんじゃないの」

「まぁ、そうだけどね」


 さやかはまだ納得できなかったが、香澄の言う通りだとも思う。

 世の中には知る必要のないことは多い。

 知ってもどうしようもないことも少なくない。

 そんなのは分かってる。

 けれど、今のはただ会話のきっかけになればいいと思っただけなんだけどなと、さやかは唇を尖らせる。

 せっかく久しぶりに友達に会えたんだから、他愛のないことでもいいから、一言でも多く言葉を交わしておきたい。

 キョロキョロ首を振り、話題になりそうなものを探す。

 すると、丸っこい赤いランプの付いた建物が目に入った。


「あれって、交番じゃない? こんな所にあったっけ?」


 香澄はそちらへチラリと目線をやる。


「どうかな? でも、建物はそれほど新しくなさそうだから、前からあったんじゃないの」

「ふーん」

「まぁ、興味のないものは目に入っても、頭には入ってこないから、今まで気付かなかっただけなんじゃないの?」

「そうかもね」


 香澄に同意しながらさやかは、逆に目に入っても興味を持ちたくないものもきっとある、と思っていた。



 人工島には10分ぐらいで着いた。

 橋を渡って島に入ると、人工島の大部分を占める大きな公園に行く。

 さやかは香澄と並んで歩き、東屋に腰掛けた。

 海から直接吹き付ける風を遮るものはなく、髪が乱れる。

 さやかは、右手で髪を押さえつけながら香澄の方へ顔を向ける。


「ねぇ、いつまでこんな生活が続くのかな?」


 真剣な声音に香澄は慌てる。


「突然どうしたの? 何かつらいことでもあるの?」


 さやかは、ううん、と首を横に振る。


「今起きているのは、私には関係ないことだよ。だけど、香澄と毎日会えなかったり、いつも行くお店が閉まったりしてるのはちょっと嫌だなって思って」

「そう……。それは、私もさやかに会えないのは嫌よ。けれど、私たちにできることなんてないのよ」

「だよね。仕方ないんだよね……」


 さやかは力なく頷くと、視線を上げる。

 そう言えば、この人工島は大型クルーズ船の誘致のために作られたんじゃなかったかな、と思い出す。

 でも、当然、大型客船の姿はない。

 いつからだろう?

 いつまでだろう?

 こんな生活が続くのは。


「はぁ」


 思わず口からため息が漏れる。


「さやか、大丈夫?」


 香澄が不安げな表情を浮かべているのを見て、さやかは慌てる。

 この子にこんな顔をさせちゃいけない。

 楽しめる時は、楽しめることを、楽しまなくちゃいけない。

 さやかはにっこり微笑んで、香澄に言う。


「大丈夫だよ。すぐに誰かが何とかしてくれるはずだから」

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