俺(12)

 俺はいつもより早く営業所を出て、ルートを外れミカさんの花屋に一番に向かった。一分一秒でも早く、謝って正直な気持ちを伝えたかったから。


 まだ来ていないと思ったけれど、果たして彼女はうつむいて、店の前の段差に腰掛けていた。


 少し迷って――ミカさん、おはようございます。そう声をかけた。


 顔を上げた彼女は何だか寝ぼけているようで、差し出した俺の拳をただ眺めている。これはイレギュラーだ。どうしようかと困惑したが、アドリブなんかきかない俺は、用意してきた台詞を話す。


 ミカさん。昨日は変な態度を取ってすみません。ちょっと結婚に関してトラウマがあるだけで、君が悪い訳じゃないんです。それと、このノート、ミカさんのだよね。濡れて駄目になっちゃったけど、お返しします。お詫びの印に新しいノート、文庫サイズのがうちにあったから、受け取ってください。


 一気に言って、ノートを鼻先に二冊、差し出す。彼女は信じられないといった風にノートと俺の目を何回か交互に眺めてから、本当に嬉しそうに笑った。


 俺の好きな作家は笑顔を花に例えることが多かったけど、その気持ちが分かったような気がする。まるで大きなひまわりが、目の前でつぼみから花開いたように、俺も一緒に嬉しくて微笑んだ。

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