俺(4)

 挨拶だけして黙々と積み荷を下ろす俺に、話しかけてくるひとは少ない。ましてや、差し入れなんて。


 この間、花屋のバイトの子から、のど飴を一袋貰った。昨日、咳をしていたからと。正直、戸惑った。毎日顔を合わせていれば、言葉を交わすようになるひとはちらほら居たけれど、身体の心配までされるとは思っていなかったから。


 トラックでの配送業に良いイメージなんてないらしく、取引先のひとの大半は、積み荷を下ろす間、挨拶だけして俺を空気のように扱った。


 でも花屋の彼女は、毎朝明るく声をかけてきた。シフト制らしく、週二くらいで休みを取っていて、彼女の居ない日は何だかちょっと残念だった。


 いや、残念? 俺は何を考えているのだろう。婚約っていうものは、一生貴方を愛し続けますという神様への宣誓だと思う。別れたとはいえ、一度それをおこなったのだから、俺にはもうひとを愛する資格はないのに。


 日に日に、五年前の彼女の記憶は薄れていき、花屋の彼女の笑顔に上書きされていく。眠りにつく前、そんな自分を毎日責めた。次第に、花屋の彼女の顔が、まともに見られなくなっていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る