あたし(3)

 今日は、配送のお兄さんとお天気について話した。梅雨の朝は曇りか雨が多かったから、久しぶりのお日様に、気分が良いですねなんて声をかける。


 お兄さんの方から世間話をしてくることはなかったけれど、黙々と色とりどりのお花を荷台から下ろすお兄さんに話しかけると、はじめはぶっきらぼうだった会話が、徐々にリラックスしたキャッチボールに変わる。


 だからお兄さんは別にあたしが嫌いなのではなく、人見知りで不器用なのだと分かってきた。どちらかと言えばよく喋る男性よりも、寡黙でひと言ひと言に重みのある男性の方が好きなあたしは、暇をみてはお兄さんと何気ない会話を交わした。


 どうしよう。日に日に、心を開いて話してくれるお兄さんが、どんどん可愛くなってくる。でもまだ、彼女や家庭の有無を確かめられるような関係じゃない。


 恋なんてもうしないと思っていたあたしだけど、これはひょっとしたら――新しい恋なのかもしれない。


 でも課長への想いはまだ心臓の隅っこに引っかかっていて、お兄さんとの距離を一歩縮めようと考えるたび、その想いが暴れて心にポッカリと穴を開けた。


 課長のことも諦めきれないあたしが、新しい恋を始めようだなんて、お兄さんにとても失礼だと思って落ち込んだ。

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