第4話
少年は『神様』になった。
いつしか顔の輪郭も丸みがとれ、手足もすらりと長くなり、視線は頭一つ分以上高くなっていた。
あれからどれくらい経ったっけ・・・
とは考えるものの、不満があれば世界を巻き戻してやり直すことさえ可能となっていた神様には、時間という概念すら希薄になりつつあった。
『思考する』という行為自体が、『少年』であったころの名残でしかない。
肉体的な疲労さえ無かったことに出来る存在は、もう何年も椅子から立ち上がることすらしていなかった。
頬杖をついたまま、常に響き続ける頭の中の『声』に意識を傾ける。
どこかスラム街。薄汚れた格好の子供に、拳を振り上げる大男がいた。
削除。男が消える。
小綺麗なオフィス。真面目そうな顔した青年が数字を改ざんして金を横領していた。
削除。男が消える。
言い合いする男女が見える。浮気した夫は開き直っている。妻は相手の若い女を刺そうとした。傷害で訴えられた。面倒くさい。両方削除。
残った子供が親戚の間を盥回しにされている。少しかわいそうだなと思った。
削除。子供も消してあげた。
前にスラム街で助けた子供が、大人になって反社会組織に身を寄せていた。
まとめて削除。
削除削除削除。
巻き戻す。削除削除。一つの街から声が消えた。
少し消し過ぎただろうか。まぁいいか。削除する。
国家が一つ痩せ細っていった。その国を呑み込もうとした他国と戦争が起きた。弱い者いじめかよ。勝っていた国をまるごと消した。
攻められていた国で、今度は疫病が蔓延した。根絶やす。
繰り返す。削除。巻き戻す。削除。
なかなか簡単には行かないな。
繰り返す。繰り返す。繰り返す。
※ ※ ※
ふいに、懐かしい声が聴こえた。
「頑張ってるね、『神様』」
鼓膜を通しての「声」を聴くのは、ずいぶんと久しぶりの感覚だった。
姿勢はそのまま、うっすらと片目だけ開けて視線を動かす。
テーブルを挟んだ向かい側のイスが埋まっている。
いつかの『少女』が、変わらぬ笑顔でそこにいた。
『少女』は問う。
「どうだった?」
「何が」
「『神様』、やってみて楽しかった?」
「別に」
そう思う『感情』は、とうの昔に消した。
「なら、辛かった?」
「別に」
少年の答えは変わらない。
「じゃあ、まだ続けたい?」
「・・・・・・」
少年は、答えなかった。
・・・
・・・・・・
・・・
閑静な住宅街を歩く、一人の少女がいる。
歩きながら、片手に持ったスマートフォンに慣れた操作でメッセージを打ち込んでいく。送ったはしから次々と返事が返ってきて、短い振動が絶え間なく続いている。
ときおりメッセージを見ては漏れる微笑みを見ていると、少女がそれなりに満ち足りた日常を送っているであろう様子が覗える。
そしてグループでの会話が一段落したタイミングで、別の人からのメッセージが届いた。
登録した覚えの無いそのアカウントは『神様』と表記されていた。
アプリを開いて読むと、こう書かれていた。
『きみ、神様になってみないかい?』
fin.
神様の願い。 鵲 @hkasasagi
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