第49話:赤坂さん、お待たせ。見つけたよ。

 一匠は瑠衣華に「じゃあまた後で」と言って、アイドルの写真集が置かれたコーナーに向かった。

 何冊かの写真集を見比べてから、一冊を手にする。


「これだな」


 そしてパラパラとめくって中を確かめる。

 それから雑誌コーナーで立ち読みをしている瑠衣華に声をかけた。


「赤坂さん、お待たせ。見つけたよ。こっちに来て」

「うん」


 呼ばれた瑠衣華がやって来ると、一匠は一冊のアイドル写真集を手にしていた。

 瑠衣華はその写真集を指差す。


「それが白井君イチ押しのアイドル?」

「うん。俺、イチ押しのアイドルだ。めちゃくちゃ可愛いんだ」

「ふぅーん……可愛いんだね……」


 瑠衣華は少し複雑な表情で返事をした。


 瑠衣華は言っていた。

 中学の時に一匠がアイドルの写真集を見て、可愛いと言ったことが原因で、本当は一匠に好かれていないと思い込んだと。


 だから今の一匠の言葉に、色々と思うところがあったのだろう。


「はい、これ」


 一匠は手にした写真集を瑠衣華に手渡した。

 瑠衣華は受け取った写真集に目をやる。


 表紙でにこやかに笑うアイドルの女の子は、黒髪のストレートヘアでとても可愛い。

 瑠衣華とは明らかに違うタイプの女の子だ。


 それを見た瑠衣華は、少し引きつった表情を浮かべた。


「その写真集に、紙が挟んであるだろ。そこを開いて見てくれる?」

「あ、ホントだ。何これ?」

「それ、俺が書いたメモなんだ。そのアイドルがいかにオススメかっていうポイントが書いてる」

「へぇ……そこまでするって……白井君、よっぽどこのアイドルがお気に入りなんだね?」

「ああ、そうだよ。俺の大のお気に入りのアイドルだ」

「ふぅーん……なんていう子?」

「その紙を見たらわかるよ」


 瑠衣華一匠の言葉を聞いて、少し寂しげな表情を浮かべた。そして手にした写真集に視線を落とし、紙が挟んであるところでページを開く。


 それは、見開きでアイドルの女の子が写っているページだった。そして瑠衣華は、挟んである紙が思いのほか大きなことに気づく。


 A4サイズの白い紙が、二つ折りにされていた。


「これ……?」

「うん。さっき言ったように、俺のイチ押しアイドルの名前と、その子がいかにオススメかっていうポイントもそこに書いてある。開いてみて」

「う、うん……」


 瑠衣華は写真集を小脇に挟んで、二つ折りの紙を開いた。そこにマジックで書いてある文字は──


『白井一匠が、今最も可愛いと思っているアイドル。それは赤坂 瑠衣華です! 見た目も仕草も性格も、それはもう、どんなアイドルよりも、とーっても可愛いのです! そして白井一匠はそんな赤坂 瑠衣華を……〈続きは本人の口から〉』


 瑠衣華は大きく目を見開いて、何度も何度もその文字を読み返している。そしてゆっくりと顔を上げて一匠を見た。


「あの……白井君? これは……私をからかってるの? それとも冗談?」

「からかっても冗談でもない」

「……どういうこと?」

「書いてあるとおりだよ」

「わけわかんない」


 瑠衣華はまだ冗談と思っているのだろうか。

 不安げな顔で一匠を見た。


「今朝は教室では他の人もいたから、昨日は玄関先だけで帰ったって言ったけど……ホントは昨日、赤坂さんの部屋まで行って、色々話をしたんだよ」

「あ……やっぱり……」

「覚えてる?」

「うん。白井君が今朝ああ言ったから、あれは夢だったんだって思ってたけど……覚えてる。私、中学の時の話とかして……白井君が私を瑠衣華って呼んでくれて……」

「うん、そうだよ。それで赤坂さん……いや瑠衣華の気持ちが初めてわかった。俺の心無い言葉で、瑠衣華に辛い想いをさせたんだって……ホントに悪かったよ」

「ううん……白井君……いっしょー君が悪いんじゃない。悪いのは私だよ……」

「俺は別にアイドルが大好きなわけでも詳しいわけでもないんだ。中学の時に俺がアイドルを可愛いって言ったことって……自分でもはっきり覚えてないくらいだし。だから可愛い子が好きだとか、瑠衣華をホントは好きじゃないとか、そんなことは全然ない」


 一匠が顔を横に振って否定の気持ちを伝えると、瑠衣華は少しホッとしたような表情をうかべた。


「そうなんだ……やっぱり単なる私の思い込みだったんだね」

「うん。だけど瑠衣華の気持ちも考えずに、あんなことを言った俺が悪かったよ」

「ううん……でもそう言ってくれて嬉しい。ありがと」


 瑠衣華は一匠の目をじっと見つめてそう言った。その瞳は少し潤んで見える。


「俺さ……自分の気持ちをもう一度、よく見つめ直してみたんだ。俺はやっぱり瑠衣華のことをすごく可愛いと思ってる。その紙に書いたとおりだ」


 瑠衣華は、一匠がメッセージを書いた紙をもう一度読み返す。


「いっしょー君……この『続きは本人の口から』って?」

「ああ、それは……紙に書くより、直接言った方がいいかなって……」

「何を?」

「えっと……それは……あのさ……」


 瑠衣華は不安と期待が入り混じったような瞳で、一匠の言葉の続きを待っている。

 一匠は大きく深呼吸をしてから、心の中で(よしっ!)と気合を入れる。

 そしてゆっくりと口を開いて、言葉を繋いだ。

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