第48話:あんまり覚えてないのか?
◆◇◆◇◆
翌朝、一匠が登校すると、既に瑠衣華は教室に来ていた。理緒はまだ登校して来ていない。
「あ、おはよう白井君」
瑠衣華はすっかり体調が回復したようで、元気な笑顔で声をかけて来た。ホッとして一匠も笑顔を返す。
「あ、おはよう」
「あのさ、白井君……もしかして、昨日ウチに来てくれた……よね?」
「お、おう。行ったよ。あんまり覚えてないのか?」
「あの、えっと……ごめんね。白井君が来てくれたのは、ぼんやり覚えてるんだけど……もしかして部屋にまで……」
「いや、あの……玄関先でプリントとドリンクを渡して帰ったよ」
「えっ……? あ、ああ、そうだよね。そうだった。ごめんね、ありがとう」
瑠衣華は一匠が部屋まで行って、会話したことは覚えてないらしい。
だけど他のクラスメイトもいるし、瑠衣華の部屋にまで行ったことは言わないでおいた。
「体調はどう?」
「うん。すっかり熱も下がったし、もう大丈夫」
「そっか。良かった」
「ごめんね、心配かけて」
瑠衣華はコクっと頭を下げた。
一匠は「気にすんな」と笑顔で返して、話を続ける。
「あのさ、赤坂さん」
「ん? なに?」
「この前、今一番推しのアイドルを教えてほしいって言ってたろ?」
「あ、うん」
「それを教えるからさ。今日の帰りに一緒に本屋に行ってくれないかな?」
「えっと……」
瑠衣華は少し怪訝な表情を浮かべた。
推しのアイドルを教えるのに、なぜわざわざ本屋に行くのだろう?
その表情はそう言っているようだ。
「ダメかな?」
「ううん、いいよ。ありがとう」
瑠衣華は疑問を心の奥に押し込めるような感じで承諾した。
「うん。じゃあよろしく」
一匠がそう言ったところで、後ろから理緒の声が聞こえた。
「おはようございます、白井くん、赤坂さん」
「あ、おおおおはよう青島さん」
「どうしたんですか白井くん? なにか焦ってますか?」
瑠衣華を本屋に誘うのに、一匠は相当ドキドキしていた。それが上手くいってホッとしたところに突然の理緒の声。
そりゃあ焦るなという方が無理な話だ。盛大にどもってしまった。
だけどそんな胸の内を気取られないように何気ない振りをする。
「あ、いや。なんでもない」
「そうですか」
理緒はきょとんとしている。
ちょっと怪訝に思ったみたいだけれども、一匠と瑠衣華の間に何かいつもと違う空気が流れていることだけは、敏感に感じ取ったようだ。
理緒は一匠と瑠衣華の顔を交互に見比べてから、ほぉーという表情を浮かべた。
それからその日は一日中、一匠は落ち着かない気分で過ごした。
そしてやがて放課後を迎えた──
「じゃあ行こうか」
「うん」
できるだけ周りに気づかれないように、一匠は小声で瑠衣華に声をかけた。
瑠衣華も小声で答えて、そそくさと教室を出る。
理緒は不思議そうな表情で、教室を出る二人を眺めていた。
校門を出て最寄駅まで、一匠と瑠衣華は二人並んで歩く。
一匠は瑠衣華と並んで歩くのを他の生徒に見られることが、なんとなく照れ臭い。しかもこれから書店に行ってしようと考えていることを思い浮かべると緊張もする。
だからついつい早足になってしまう。
瑠衣華はなぜ本屋に行くのか聞きたそうだが、あえて何も聞かずに早足で歩く一匠を追いかける。
電車に乗ってからもお互いになんとなく話す雰囲気にならなくて、あまり会話を交わすこともないまま、書店のある二つ先の駅に到着した。
そして書店へと向かう。
書店の自動ドアから店内に入ったところで、一匠は瑠衣華に声をかけた。
「俺がちょっと先に行って、アイドルの写真集を探すからさ。赤坂さんはちょっと雑誌か漫画でも見て、待っててくれないかな?」
「えっ……?」
「見つけたら呼ぶからさ。そんなに時間はかからないと思うし」
「う、うん。わかった」
相変わらず瑠衣華は怪訝な顔をしている。
一匠の行動がなんとなくぎごちないものだから、不思議に思うのも無理はない。
しかし推しのアイドルを教えて欲しいとお願いしたのは彼女の方だ。それに協力しようとしている一匠がそう言う以上、瑠衣華としては承諾するしかない。
「じゃあまた後で」
一匠は瑠衣華にそう言って、アイドルの写真集が置かれたコーナーに向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます