第50話:白井一匠が、今最も可愛いと思っているアイドル

 瑠衣華がアイドルの写真集を開くと、そこに白い紙が挟まれていた。そこには一匠の文字で書かれていた文章。


『白井一匠が、今最も可愛いと思っているアイドル。それは赤坂 瑠衣華です! 見た目も仕草も性格も、それはもう、とーっても可愛いのです! そして白井一匠はそんな赤坂 瑠衣華を……〈続きは本人の口から〉』


 その〈続きは本人の口から〉という部分。


「いっしょー君……この『続きは本人の口から』って?」

「ああ、それは……紙に書くより、直接言った方がいいかなって……」

「何を?」

「えっと……それは……あのさ……」


 瑠衣華は不安と期待が入り混じったような瞳で、一匠の言葉の続きを待っている。

 一匠は大きく深呼吸をしてから、心の中で(よしっ!)と気合を入れる。

 そしてゆっくりと口を開いて、言葉を繋いだ。


「白井一匠は赤坂 瑠衣華を……やっぱり今でも好きです。もう一度やり直したいです!」


 瑠衣華は口をぽかんと開いて、呆然とした顔をしている。


「赤坂 瑠衣華さん、もう一度俺とお付き合いしてください! お願いします!」


 一匠は目を閉じて深々と頭を下げ、握手を求めるように右手を瑠衣華に向けて伸ばした。

 そしてそのままの体勢でしばらくじっと待つ。

 心臓がバクバクと脈打つのが苦しい。


 一匠の頭の中には、グルグルと色んな思いが巡った──


 相談サイトのおかげで、瑠衣華が今も一匠のことを好きだということはわかっている。一匠の方から告白をしなくても、待っていれば瑠衣華の方からきっと告白をしてくれただろう。


 だけど一匠は、それを待つというのは違うと思った。


 瑠衣華が中学の時に別れを切り出した原因の一端は一匠にもある。


 それにたまたま恋愛相談サイトで瑠衣華の本心を知ったが、その相談相手が一匠であることを瑠衣華は知らない。

 自分だけが一方的に相手の本心を知っている中で、それを利用して相手の行動を待つというのは、なんだか卑怯な気がした。


 自分の気持ちを見つめ直した結果、一匠は今でも自分が瑠衣華に惹かれていることに気づいた。


 それならば、やはり自分の方から瑠衣華に対して想いを伝えること。

 それが自分が別れの一端を作ったことへのお詫びと、自分だけが相手の本心を知っている不公平のバランスを取ることになるのではないかと考えたのだ。


 そんなことを考えながら、一匠は右手を伸ばし、目を瞑って頭を下げたままでいた。

 心臓の鼓動の高まりは収まることがない。


 瑠衣華は無言のままだし、どんな顔をしているのかもわからない。瑠衣華は今、何を思っているのだろうか。


 その時──


 一匠は、右手の指先を遠慮がちにキュッと握る瑠衣華の手の感触を感じた。


 ──瑠衣華が手を握ってくれた。


 一匠は恐る恐る目を開ける。


 そこには恥ずかしそうに頬を赤らめて、目を閉じる瑠衣華の顔があった。

 

「私こそ……ぜひもう一度お付き合いして欲しいです。今でも白井 一匠君のことが大好きです」


 瑠衣華の気持ちはわかっていた。だけどこうやって直接大好きだと言ってくれる瑠衣華の声は一匠の心の深いところに刺さり、甘く酸っぱい感情を呼び起こした。涙が出そうなくらい嬉しい。


「瑠衣華……こんな俺でよければ、ぜひお願いします。俺も瑠衣華が大好きだ」

「いっしょー君……」


 小柄な瑠衣華は、見上げるようにして一匠の顔を見つめている。


「いっしょー君、ありがとうっ!!」


 瑠衣華は突然両手を前に出して、一匠の胸に飛び込んで来た。

 小脇に挟んでいた写真集がバサリと音を立てて床に落ちる。


「あっ、こら瑠衣華っ! ここ、本屋だしっ! 他の人も居るからっ……」

「うん、わかってる」


 瑠衣華はわかってると言いながら、一匠に抱きつく。そして離れる気配はない。


「瑠衣華、わかってるって言ったよな……」

「だって今、いっしょー君に抱きつきたい気分なんだもん」

「そ、そっか……」

「うん、私、幸せだーっ……」


 瑠衣華の柔らかい身体の感触と温かい体温が心地いい。

 一匠も身体中に幸せな気分が広がる。


 それにしても、と一匠は思う。

 自分の素直な気持ちを表に出すことが苦手な瑠衣華だったのに。

 こんなにも、自分の気持ちに素直な行動をするなんて。


「瑠衣華……」

「ん……なに?」


 瑠衣華は一匠の胸に抱きついたまま、顔だけを上げて小首を傾げた。


「いや……そんなに素直で積極的な瑠衣華を初めて見たなって……」

「私だって成長したのだよ、いっしょー君」

「そ、そうだな」

「こんな態度の女の子は……嫌かな?」


 瑠衣華は少し不安そうな顔で尋ねた。


「全然、嫌なことないよ。瑠衣華が素直に気持ちを伝えてくれてるのはすごく嬉しい」

「そっかぁ……よかった」


 瑠衣華はホッとした顔で、少し微笑んだ。

 その顔を見て、一匠もホッとする。


「素直な気持ちを伝えるのって、そんなに簡単なことじゃないのに、瑠衣華はすごいよ」

「そっかな、えへへ」

「うん。まあ最近の瑠衣華は、割と素直な態度を見せてくれてたけどね……俺の勘違いじゃなければ、だけど」

「あはは、バレてたか」

「ああ、バレてた」

「そっか、やっぱりいっしょー君は、ちゃんと見てくれてたんだ」


 瑠衣華はそっと目を閉じて、一匠の胸に頬をすりすりと押し付けた。甘えるような、そして幸せそうな笑顔を浮かべている。


「まあね」

「私ってなかなか素直になれなくってさぁ。ほんの少しずつしか無理だったけどね」

「少しずつでもいいよ。素直な気持ちが伝えられれば。それは素晴らしいことだと思う」

「ん?」


 瑠衣華はふと顔を上げて、一匠を見つめる。

 少し不思議そうな表情を浮かべている。


(ヤバい! ついついアドバイザー口調で答えてしまった……)


 一匠は冷や汗が背中を流れるのを感じた。

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