第44話:どうしたの? 大丈夫?

◆◇◆◇◆


 帰宅して着替えたあと、一匠はパソコンを開いて相談サイトにアクセスした。


 下校時にはRAさんからのメッセージはなかったが、そこには新たなメッセージが一文、書かれていた──


『かぜひいてねつがすごくてつらい…… たすけて』


(助けてだって!? 大丈夫か!?)


『どうしたの? 大丈夫?』


 慌てて一匠はそう書き込んだ。

 しばらく様子を見る。


 しかしRAさんからの返信はない。


 どこに住んでるのかも誰なのかもわからない‘えんじぇる‘に対してこんなことを書くなんて。

 もちろん助けに来てくれるはずもないことは瑠衣華もわかっているはずだ。


 これはかなり瑠衣華は辛い思いをしているに違いない。それとも熱が高くて朦朧としているのだろうか。


 家族の人はどうしてるのだろうか。

 いずれにしてもこれは放っておけないと一匠は感じた。


 幸い瑠衣華の家はわかっている。

 突然訪ねて行ったら不審がられるかもしれないけど、そんなことは言ってられない。


 とにかく居てもたってもいられない。

 一匠は慌てて部屋を飛び出そうとした。


 しかしふと思いついて、今日の授業で配られた宿題のプリントを鞄から取り出す。そしてそれを手にして部屋を出た。




 瑠衣華の家に向かう道すがら、一匠はコンビニに寄った。冷たいペットボトルのスポーツドリンクを何本か買って、そしてさっきの宿題プリントを1枚コピーした。


 そして急いで瑠衣華の家に向かう──





 ◆◇◆◇◆


 瑠衣華の家の玄関前まで来て、一匠は大きく深呼吸をした。


 ここまで駆け足で来て、上がった息を整える。

 そして何より、突然訪問して瑠衣華がどんな顔をするか。その緊張感を少しでもほぐしたかった。


 緊張する手でインターホンを押す。

 しばらく待つが、音沙汰はない。


 もしかしたら眠っているのかも?

 それならば起こさない方がいいかな?

 もう一度インターホンを押すかどうしようか。

 このまま帰った方がいいのだろうか。


 あれこれと逡巡していた一匠だが、あの『たすけて』というメッセージ。

 もしも瑠衣華が不安に包まれて寝込んでいるとしたら大変だ。


 そう思って、一匠はもう一度インターホンを押した。

 そしてまたしばらく待つ──


『はい……』


 かすれたような女性の声がした。


「あっ、赤坂さん? 白井です」

『えっ……? いっしょー君……?』

「あ、うん。そう」


 インターホンから聞こえる瑠衣華の声はかすれて力もなく、今にも消え入りそうだ。


 一匠がしばらく待っていたら、カチャリと弱々しくドアが開いた。


「あ……赤坂さん。宿題のプリント持って来たよ」


 用意してきた言い訳を口にしながら、瑠衣華の姿をひと目見て一匠は驚いた。


 ピンクの可愛いパジャマ姿の瑠衣華は、肩で息をして辛そうだ。汗がたくさん滲んだ顔は真っ赤で、髪は乱れている。


 かなり辛そうだ。


「あり……がと……」

「大丈夫?」

「う、うん……夕方に急に熱が上がって……ずっと寝てた……」

「ついでにスポーツドリンクも買ってきたよ」

「ありがと……お母さんが夜まで帰って来なくて……飲み物ももうなかったから助かった……」


(そうなんだ。ドリンク買ってきて良かった)


「ほら」


 一匠がドリンクの入ったビニール袋を差し出すと、瑠衣華はゆっくりと右手を伸ばした。しかしその伸ばされた手は──


 袋に届く前に空を切って、瑠衣華の足元がふらつく。


「大丈夫かっ!?」


 瑠衣華は前のめりになって、両手で一匠の胸にしがみついた。


 瑠衣華は顔を一匠の胸に押し当てている。

 制服のシャツ越しに、熱い体温が一匠の胸に伝わる。

 その体勢のまま瑠衣華は小さな声を出した。


「あ……ごめん」

「いやいいよ。こんなに大変な状態なのに、急に訪ねて来てこちらこそごめん。赤坂さんに余計にしんどい思いをさせてしまったな……」

「ううん……謝らないで……違うの……」


(違う? 何が?)


「いっしょー君の顔を見て……ホッとした……だから力が抜けて……ホントに……ありがとう」


 瑠衣華は目を閉じて一匠の胸に顔をうずめたまま、ぼそりと呟いた。

 そしてそのまま無言になる。シンと静けさが周りを包んだ。


 どうしたんだ? 大丈夫かな?


 瑠衣華の顔を覗き込もうとした時、彼女の身体がぐらりと揺れた。

 立っているのも辛そうで、膝が崩れそうになる。一匠は慌てて瑠衣華の肩を抱いて支えた。


「大丈夫か?」

「うん……辛い……」


 いつまでも玄関先に突っ立っているわけにはいかない。しかし瑠衣華はちゃんと部屋まで歩けるだろうか。


「赤坂さん。良かったら部屋まで連れて行くよ。いいかな?」


 さすがに自分の部屋まで一匠が来るのは嫌がるだろうかと、少し遠慮がちに言ってみた。しかし瑠衣華は──


「うん」


 熱で真っ赤な顔で、こくんと素直にうなずいた。

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