第43話:白井くんのお察しの通りです。

 一匠は理緒に向かって、つい自分の口から『青島さんはいつも俺に好意的に接してくれる』と言ってしまった。


 単なる自分の思い過ごしかもしれないのに、と恥ずかしくなる。

 理緒にそう言うと、彼女は手を口に押えて、ぷっと笑った。


「いいえ。そんなことないですよ。白井くんのお察しの通りです。私は好意的に白井君と接していますよ」


 まさか、という答えを理緒は口にした。


 もちろん好意的という言葉は、異性としてというだけでなく、人としての意味もある。

 それに好意を持ってると言うのと、好意的に接すると言うのは大きな違いがある。


 でも一匠にとっては、どちらにしても信じがたいくらい嬉しい言葉だった。


「えっ……? そ、そうなの? あ、ありがとう青島さん。俺なんかなんの取り柄もないのに」

「なんの取り柄もないなんて、とんでもない! 白井くんは、真面目で誠実で、いい加減なことをしない人です。それに思ってもいないことを適当に言ったりしません。そういうところは凄くいいと思います。人として尊敬しています。一緒に委員会活動をしていて、前からそう思っています」

「そ……そうかなぁ? 自分でも自信ないや」

「残念ながら私の周りには、私を表面的にだけ見て、近寄ってくる人も多いのです。だから私も白井くんとは違った意味で、その人がどういう人かよく見ています。だから間違いありませんよ」


(そっか。青島さんは、ちゃんと俺のことを見て、そして俺に好意的に接してくれているのか)


 最近は瑠衣華のことを考えることで精一杯だったけど、理緒の好意に触れるとやはりホッとする。


「だからこそさっきも、白井くんならわかってくれるかと……ついつい毒舌を吐きました」

「うん、大丈夫だ。ああやって青島さんが本音を出してくれるのは、逆に俺も嬉しい」

「ありがとうございます。ホントに白井くんは良い人です」


 それにしても、人気者の理緒が自分をそんなふうに思ってくれているなんて。

 決して自分だけの思い上がりじゃなかったんだ。


 そう思うとあまりに面映ゆくて、一匠はまともに理緒の顔を見ることができない。

 だから少し視線を外したまま答えた。


「あ、ありがとう青島さん。そう言ってくれてめちゃくちゃ嬉しいよ。そんなことを言ってくれるのは青島さんだけだ。あはは」

「いえ、そんなことないと思いますよ。だって……」


 そのあと理緒の口から出た言葉は衝撃的なものだった。


「赤坂さんなんか、白井君のことを大好きでしょうしね」

「えっ……?」


 突然理緒の口から出た瑠衣華の名前。

 一匠は何がなにやらわからない。


「赤坂さんが俺を大好きって……?」

「あれっ? 白井くん、気づいてないのですか……?」


(いや、気づいてる。気づいてるどころか、本人がそう言ってることを知ってる。だけどなんで青島さんがそれを知っているんだ?)


「いやいや。気づいてないかって言われても……なんのことやらわからないなぁ」

「そうなんですか? てっきり白井くんもそれをわかってるのかと思っていました」

「いや赤坂さんは、俺のことをそんなふうに思っていないって」


 とにかく否定しなきゃいけない。

 そんな気持ちで焦った一匠がおかしいのか、理緒はぷっと笑う。


「白井くんはやっぱり誠実な人ですね。嘘が下手です。顔に『わかってた』って書いてありますよ」

「え?」


 もちろん顔にそんな文字がないのはわかってるのに、一匠は思わず自分の顔を撫でた。

 必死になって否定したのが悪かったのだろうか? あっという間に理緒に見抜かれた。


「赤坂さんが白井くんのことを好きなのは……たぶん入学した最初の頃から、ですよね。最初は気づきませんでしたけど、そのうちこれは間違いないなって」

「そ……そうかなぁ? そんなことはないと思うよ」

「だって……赤坂さんが白井くんと話してる態度を見てたらわかりますよ。あれは恋する乙女の態度です」

「ええーっ? まさかー?」


 言い方がちょっとわざとらしかったかもしれない。

 でもそんなにうまく演技できるほど一匠は器用じゃない。


「ふふふ。赤坂さんも最初はなかなか素直になれなかったみたいですけどね。最近はそんなこともないし」


 まさにその通りで、一匠はもう返す言葉もない。理緒の洞察力の凄さに感服するしかなかった。


「それに私が白井くんと仲良く話していたら、それを見る赤坂さんの顔って……それはもうこの世の終わりみたいに悲しい顔をしてますもんね」

「そ、そうかな?」

「そうですよ、ふふふ。私もちょっと妬いちゃいます」

「えっ……?」


 理緒は少し意地悪そうな顔をしている。

 しかしどこまで本気なのか、ちょっとわからない。


 ──青島さんは、俺のことどう思ってるの?


 そんな言葉が喉まで出かけたが、さすがにそれをストレートに問う勇気はなかった。


「ところで赤坂さん。風邪の具合はどうなんでしょうね?」


 理緒の言葉で一匠は我に返った。


(そうだ。赤坂さんの風邪……)


「どうなんだろうね……?」

「心配ですね」

「あ、ああ。そうだね」


(大したことなければいいのだけど……)


 少し考え込んだ一匠を見て、理緒はなぜかくすくすと笑ってこう言った。


「じゃあ白井くん。そろそろ帰りましょうか」

「あ、うん。そうだね」

「今日は本当にありがとうございました。助かりました」

「あ、いえ。どういたしまして」


 本当に嬉しそうに笑顔を浮かべる理緒。

 すっかり気持ちは落ち着いたようで、一匠はホッとした。




 それから駅まで二人で一緒に歩いた。


 その後の理緒は、瑠衣華の話をすることもなかった。さっきの話の続きで、理緒はまた一匠の真面目で誠実なところを褒める話をする。


「いやいや。青島さんこそ優しくて真面目で、ホントにいい人だよ」


 一匠は照れながらも、普段から思っていることを正直に伝えた。


「そうですか。ありがとうございます」


 理緒は嬉しそうにはにかんで、そう答えた。

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