第40話:お勧めのアイドルグループを教えて

 雨宿りをしている公園で、瑠衣華がこんなお願いをしてきた。


「お勧めのアイドルグループを教えて」

「えっ……?」

「これから売れそうで、今はまだそんなにメジャーじゃないグループ。その一押しってどのグループでどの子?」


 ──なんで?

 なんでアイドルグループ?


(俺……アイドルなんて全然詳しくないよ。なんでそんな変化球を投げてくるんだよぉぉぉっ!?)


 漫画のことを訊いてくるだろうと、心の準備をしていたのに。まったく想定外のリクエストに、一匠は思わず呆然と瑠衣華の顔を眺めた。


「あの……俺、あんまりアイドルって詳しくなくてさ。わからない」

「へっ……? 嘘っ!?」


 瑠衣華も呆然としている。

 きっと昨日から考えていた作戦が、大きく空振りした感覚なのだろう。


「嘘じゃないよ。なんで俺がアイドルに詳しいって思ったんだ?」

「だって白井君。中学の時に……」

「ん? 中学の時?」


 アイドルに詳しいだなんて話をしただろうか?

 いくら考えても心当たりがない。


「だって本屋でアイドルの写真集を見て……」

「本屋でアイドルの写真集?」

「あっ、そっか……」

「なに?」

「あ、いや、なんでもない! 私の勘違い。ごめん、今の話忘れて!」


 忘れてと言われても。

 瑠衣華がなぜそんな勘違いをしたのか気になる。


「えっと……あの……別の話題、別の話題……」


 瑠衣華は視線を宙にさまよわせて、小声でぼそぼそと呟いている。

 慌てて他の話題を探しているが、なかなか見つからないようだ。


 髪はずぶ濡れでペタッとしているし、顔にはまだ水滴が付いている。

 服も濡れたままで、瑠衣華が焦った顔でおろおろしている。

 ちょっと気の毒な感じがして、一匠はこちらから何か話題を振ろうと考えた。


「あのさ、赤坂さん」

「えっ、なに?」

「あの……えっと……へっくしゅんっ!」


 急に鼻がムズムズしてくしゃみが出た。


「白井君、大丈夫!? 風邪をひきかけてるんじゃ……?」

「いや、大丈夫だと思う」


 瑠衣華はきょろきょろと空を見渡した。


「ごめんね、私のせいで。ちょうど今、雨が小降りになってるから、もう帰ろっ!」

「え? いや、あの……」


 このまま帰ったら、ゆっくり話をするっていう瑠衣華の目的が果たせなくなる。

 だから一匠は、今すぐ帰ることに同意するのを躊躇ためらった。


「もう、白井君。これくらいの雨なら大丈夫だよ! それともなに? 白井君は少しでも雨に濡れたら溶けちゃう体質!?」


 雨に溶ける体質ってなんだよ……と呆れながらも、一匠は真顔で返事する。


「いや、そんなことはない」

「なら、もう帰ろっ! ねっ! 風邪ひいたら大変だし!」


 一匠が戸惑っているのを、一匠が雨に濡れたくないせいだと瑠衣華は勘違いしている。

 勘違いはさておいても、瑠衣華が自分のことよりも一匠の身体のことを思ってくれていることに、一匠は心がじんわりとした。


「あ、うん。そうだな」

「じゃあ、走ろう」


 瑠衣華は真っすぐ一匠の顔を見て、そう言った。


「お、おう」


 瑠衣華が走り出し、一匠もその後を追う。

 小雨の中、二人は駅まで走り続けた。




 電車に乗ってしまえば、二人の自宅の最寄り駅まではたったの2駅。


「白井君って、雨に降られるのは苦手なの?」

「いや、そんなことないよ」

「そっか、良かった。もしかしたらホントに嫌なことを無理やりさせちゃったかと思って、心配だったんだ……」

「大丈夫だ。それよりも赤坂さん、ありがと」

「えっ?」

「俺が風邪をひかないように心配してくれて」

「あ、うん……」

「赤坂さんこそ、風邪ひかないようにな。家に着いたら、すぐにあったかい風呂に入れよ」

「うん。ありがと」


 瑠衣華は照れたように一匠から目をそらして、雨粒だらけの車窓から外の景色に目を向けている。

 それ以上の大した会話をする時間もなく、電車はあっという間に最寄り駅に着いた。


 そして最寄り駅に着いてからも、二人ともできるだけ身体を冷やさないようにと、駆け足でそれぞれの家に帰っていった。





 帰宅し、シャワーを浴びた一匠は、自室のベッドにごろんと寝転んだ。


(なかなか計画通りにいかないもんだなぁ……)


 結局、ゆっくりと二人で話をする時間は取れなかった。


(でもこのままホントに俺が風邪でもひいて寝込んだら、赤坂さんは看病に来てくれるかな……いや別に、赤坂さんに見舞いに来てほしいわけじゃないけど)


 一匠とコミュニケーションを取ろうとしている瑠衣華のことだ。

 その可能性は充分にあるなと、一匠は思った。


 でもそんな、よくラブコメにある展開になんてなら無いよなと思い直して、一匠は一人で苦笑いをするのであった。

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