第38話:瑠衣華は何も言わない
◆◇◆◇◆
翌日になり、一匠は登校した。
「あ、おはよう白井君」
「おはよう赤坂さん」
朝の挨拶を交わした後、瑠衣華は口をごにょごにょ動かしたが、何も言わない。ゆっくり話をする機会を作ろうとして、勇気がわかなかったのだろうか。
「おはようございます、白井くん」
「あ、おはよう青島さん」
瑠衣華の挨拶もだいぶん自然な感じになってきたが、やはり理緒のはもっと自然で洗練されているという気がする。
挨拶ひとつに洗練も何もないが。
授業が始まって、何度か休み時間を経ても、瑠衣華は特に何も言って来ない。瑠衣華は何度もチラチラと一匠を見るから、きっとタイミングを図ってはいるのだろう。
瑠衣華がいつ行動を起こすのか、一匠はドキドキしながら朝から一日を過ごす。
しかし踏ん切りが付かないのかなんなのか。
結局、放課後まで何も言ってこなかった。
放課後になって、一匠は下校するために鞄を肩にかける。ただし瑠衣華が声を掛けやすいように、ゆっくりとした動作で。
しかし瑠衣華は強張った表情のまま、相変わらず声をかけては来ない。一匠の方を向いて口をパクパクさせてはいるけど。
「ん? 何?」
一匠は瑠衣華に助け船を出すが、瑠衣華は固まったまま、
「あの……いや……別に……」
と、もごもごと答えただけだった。
話をしたいと言い出す勇気が出なかったようだ。
ちょっと気の毒ではあるが、一匠が自分から話す場面を作るのは、やはり少し違う気がする。
せっかく瑠衣華が勇気を出そうとしているのだ。別に焦って今日話さないといけないわけでもないし。
「じゃ、お先に」
だからそう言って、一匠は教室を出た。
さりげなく後ろを窺うと、瑠衣華も少し遅れてついて来ている。
まだ完全に諦めたわけではなさそうだ。
(そうだ、諦めるな。がんばれ赤坂さん!)
一匠となんとかコミュニケーションを取ろうと後をつける瑠衣華。
それに気づいているのに、気づかないふりをして下校しようとする一匠。しかし心の中では瑠衣華を応援している。
(いや、ホントに。変な感じだ)
違和感を感じながら、それでも一匠は廊下をゆっくり歩いて校舎の玄関口まで向かう。そしてとうとう玄関まで着いてしまった。
玄関口から外を眺めて、雨が降っていることに気づく。
そう言えば今朝のテレビの天気予報で、今日は午後から雨になると言っていた。だから一匠は、ちゃんと折り畳み傘を鞄に入れてある。
肩にかけた鞄のファスナーを開けて、中を探る。
折り畳み傘はすぐに見つかった。それを広げようとしていたら、斜め後ろから「あっ……」という声が聞こえた。
振り向くと瑠衣華が、ポカンと口を開けて固まったまま、校舎の外を眺めている。
(傘を忘れよったなコイツ)
確かに朝は晴れていたけど。
テレビの天気予報で、今日は90%雨になると言ってたのに。
瑠衣華はやっぱりうっかりさんだな、と心の中で苦笑いする。しかしそんな気持ちはおくびにも出さず、一匠は瑠衣華に尋ねた。
「あの……傘、忘れたの?」
「え? えっと……うん」
「今朝のテレビで雨になるって言ってたのに」
一匠は、つい思ったことを言ってしまった。
焦る瑠衣華。
「あ、でも今どきテレビの天気予報なんて見ないし」
「今どきってなんだよ? 普通に見るだろ?」
「だってスマホで天気予報を見れる時代だもんね。だからテレビの天気予報なんて見ない」
「はっ……? スマホの予報でも、雨になってたはずだよね、たぶん」
「あ……ああ、そう? アハハ」
(何がアハハだ。要するに天気予報を見忘れたってことだろ?)
最近は素直な態度を貫いていた瑠衣華だが、パニックになったのか、わけのわからないことを口走っている。
しかしそんなことよりも──
一匠はもっと大切なことを考えないといけない。
それは、瑠衣華を相合い傘に誘うか、それとも誘わないか。
相合い傘で下校すれば、瑠衣華が望むように、ゆっくりと話をするまたとない機会になる。
しかし他の生徒もいる中、相合い傘で帰るなんて一匠にとっても恥ずかしすぎる。きっと瑠衣華も恥ずかしくて嫌がるだろう。
万が一噂になったりなんかしたら、後でクラスのヤツらから何と言われるか恐ろしい。
どうしたらいいだろうか……と一匠は悩みながら瑠衣華の顔を見た。
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