第37話:機会をうまく作れそうかな?

 RAさんが、彼ともう少し色んなことを話す機会を作りたいと言った。


 さて、どうすればいいのか?

 なかなか難しい課題だ。


 と、一匠は第三者のアドバイザーとして考える。しかしふと違和感を感じる。



(赤坂さんが俺とゆっくり話をしたがっている。そして俺は、どうすればそれが実現するのかに、頭を悩ましてる。なんで?)


 それはそうだ。一匠自身がその機会を作ってあげるという方法もある。そうすれば全然難しい課題でもなんでもないはずだ。


 しかし──


 話をする機会を自分からわざと作るのは、何かが違う気がする。


 せっかく瑠衣華は、自ら一匠とちゃんとしたコミュニケーションを取れるようになろうという気持ちになっている。


 だからそんな瑠衣華の気持ちを後押しすることが、今自分がすべきことなんだろう。


『いきなり核心に迫る話までいかなくてもいいんじゃないかなぁ。まずは二人でゆっくり話をできる機会を作って、今RAさんが話せる範囲の素直な気持ちを伝えたらどう?』

『そ、そうですよね。それならばなんとかやれると思います。がんばります!』


 なんとかやれると言ってはいるけど。

 ポンコツなところがある瑠衣華のことだ。

 肩に力が入り過ぎて失敗するおそれもある。


『そういう機会をうまく作れそうかな?』

『あ、いえ…… どうしたら自然に二人で話をする機会を作れますか?』


(やっぱりか。赤坂さんは深く考えてなかったみたいだ)


 念のために確認して良かったと、一匠は胸を撫で下ろした。


(そうだなぁ……俺とゆっくり話をするきっかけ作りか。何があるだろ?)


 ──ってしばらく考えてから、やっぱり変な感じだなと一匠は苦笑いを浮かべた。


(俺と話をするきっかけ作りをどうしたらいいか、俺が悩んでるなんて。あはは)

 

 でもそういう立場に徹しようと決めたのだから仕方がない。一匠は、瑠衣華が自分とゆっくり話す機会を、自然な流れで作る方法を考える。


(そう言えば……あの頃って、どんな話をしてたっけ?)


 ふと一匠は、瑠衣華と付き合っていた、中三の1ヶ月間のことを思い浮かべた。



**************


 一匠と瑠衣華は中学三年で初めて同じクラスになった。

 瑠衣華は元々教室内でも無口で、休み時間には一人で漫画や小説を読んで過ごしていることが多かった。分厚い眼鏡をかけて、いかにもなオタク少女だったのだ。

 一匠も男子とはそこそこ話すが、女子と話すなんて苦手であまり話さない。


 そんな二人だったから、同じクラスといっても1年間ほとんど話す機会はなかった。


 付き合うことになったきっかけと呼べるのは、二人がたまたま本屋で出会ったことかもしれない。そこでお互いに漫画やラノベが好きだと判明したのだ。


 その後も何度か偶然本屋で顔を合わせた。そして瑠衣華が一匠に付き合って欲しいと告白したのも、実は本屋の中で、だった。


 付き合いだしてからも時々本屋デートをしたし、瑠衣華はよく一匠にお勧めの漫画を訊いてきたりもあった。読む漫画の幅広さは、一匠の方が圧倒的に多かったからだ。


 それで一匠が勧めた全30巻の漫画を瑠衣華が読みたいと言い出して、一匠の部屋に遊びに来たこともある。まあさすがに全部は読み切れなかったけど。


**************


(そっか。趣味の話な。話のきっかけになりそうだ)


 とは言え、RAさんとその相手が、そういう関係であったことなんて、‘赤の他人’のえんじぇるが知っているはずもない。


 だからどうRAさんに伝えればいいか……


『例えば、だけど。その彼が得意なこととか、詳しいことってないかな? そのことを教えてほしいって声をかけて、ゆっくり話す機会を作るのはどう?』


 これで上手く意図が伝わるだろうか?

 一匠はドキドキしながら、RAさんからの返信を待つ。


『なるほろ! それはいいアイデアですね』


 なるほろ、になってるのはうっかりなのか。

 それとも瑠衣華なりに可愛さを演出しようとしてるのか。


 どちらにしてもちょっと微笑ましい。


『それ、やってみます。さすがえんじぇるさんです! ありがとうございます』

『うん、頑張って!』


 どうやら上手く意図が伝わったようだ。

 後は瑠衣華が聞きたいことがあると実際に言ってきたら、ゆっくりと落ち着ける環境で話をするように一匠自身が持っていけばいい。


『でも、ちゃんと彼に声をかけられるかなぁ……』

『まあ、そう気負わないで。上手くいかなくても、またやり直せばいいんだから』

『わかりました! いつも温かいアドバイスをありがとうございます!』


 そんなやり取りをして、この日の相談チャットを終えた。


 もしかしたら早速明日にでも、瑠衣華は行動を起こすかもしれない。そうなったら自分もできるだけ素直に話に応じよう。


 一匠はそう考えて、瑠衣華から声がかかる心づもりをして、翌日を迎えた。

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