第二部:こっちか!

第29話:ホントは私を迷惑に思ってるんですよね?

 RAさんが相談チャットで書いた文章。


『私がカラオケで彼の部屋に行ったことを、嬉しかった?とか調子に乗って聞いちゃったんです』


 今日学校でこう聞いてきたのは瑠衣華だった。理緒はそんなことはまったく言っていない。

 だから相談サイトの向こう側にいるのは、ほぼ間違いなく99.9%瑠衣華だ。


 今まで一匠は【どこの誰だかわからない女の子の恋が上手くいくための相談相手】のはずだった。

 その後、相手は理緒かと思ったのだが、それは勘違いだった。


 そして今、相談相手はほぼ瑠衣華であることが明らかになった。

 つまり一匠は、今自分が──


 【俺を振った元カノが、俺との恋が上手くいくための相談相手がなぜだか俺】

 という、ものすごくワケのわからないポジションに立っていることに気づいた。


 相談サイトの向こう側に瑠衣華がいる。


 その瑠衣華は、

『彼は怪訝な顔をしてました。それってやっぱり、ホントは私を迷惑に思ってるんですよね?』

 なんて聞いてきた。


 その瑠衣華に、どう対応をしたらいいのか?

 わからなくて一匠はしばらく固まった。


 別に一匠は瑠衣華がルームに来たことを迷惑になんか思ってはいない。


 その気持ちをここで伝えられれば話は早いのだが、今の一匠はあくまでアドバイザーのえんじぇるだ。

 まさか自分の正体をカミングアウトするわけにもいかない。


 一匠は思わず頭を抱えた。

 そして頭の中が真っ白になって、思わず叫ぶ。


「ああーっ! もう、わけわからんんっ!!」


 頭の中には『わけわからん』の6文字が、ヘビーローテーションでぐるぐる巡ってる。


「いや、待て、落ち着こう。どう対応するか、冷静になって考えるんだ」


 そうつぶやきながら画面を覗き込む。


 ──とりあえず、こう考えよう。


 画面の向こうにいるのは、知らない女の子。

 その女の子が好きな相手は、自分ではなくて知らない男子。

 つまり、一匠はあくまで第三者として、客観的なアドバイスを行う立場。


 そう考えれば、なんとかアドバイスを続けられそうな気がする。


「よしっ!」


 ひと言気合いを入れてキーボードに向かう。


『僕には正直、彼の気持ちはわかりません。彼に会ったこともないし、どんな人かも知らないので』


 ──いや、大嘘。

 会ったことないどころか本人だし。


『そうですよね……』

『だから彼の気持ちは、RAさんが自分で彼に確かめるしかないと思う』


 しばらく間があってから、返事が書き込まれた。


『それが……私って、素直に自分の気持ちを伝えるのが、極端に苦手なんです』


(うん、わかる。コミュ障気味だもんな)


『しかもその上に、その彼とは過去に色々ありまして。余計に素直に気持ちを聞いたり伝えたり、しにくいのです』


(うわっ。これってやっぱり、俺を振ったことを言ってるんだよなぁ……)


 過去に色々ってなんなのかと、突っ込んで訊きたくなる。だけどあからさまにこちらから訊くのは少し気が引ける。


 一匠がしばらく迷っていたら、更に追加の文章が書き込まれた。

 それを見て、一匠に衝撃が走る。


『実はその人は元カレなんです。彼とは中学の時に1ヶ月だけ付き合っていたのです。私から告白して、そして私から別れを切り出しました…』


 なんと。

 いきなり核心に迫る話をRAさんはカミングアウトした。

 これはもう99.9%ではなく100%瑠衣華だ。


 一匠が驚いて画面を見つめていたら、さらに文章が現れた。


『私が悪いんです。ホントは謝らないといけない。でも謝る勇気は出ないんです。謝るどころか、彼の顔を見るとついつい変なことを言ってしまうんですよー(笑)』


 ──いや、最後の(笑)って。

 まあたぶん照れ隠しなんだろうなと一匠は好意的に想像する。


 でもRAさん……いや瑠衣華は、かなり言いにくいであろうことまで暴露した。

 一匠は返信を打ち込む。


『RAさんはさっき、素直に自分の気持ちを伝えるのが極端に苦手だって言ったけど。今はすごく素直に気持ちを教えてくれてると思うよ』

『それは、やっぱり顔も見えないし、知らない人が相手だからですね』


 ホントは知らない人じゃないんだけど……

 もちろん瑠衣華からしたら、知らない相手だと思っている。


 ここまで核心に迫るカミングアウトをした瑠衣華が、万が一その相手が一匠だと知ったら……


(俺は確実に、ぶん殴られるな……)


 これはたまたまそうなったのであって、別に一匠が瑠衣華を騙そうとしたわけではない。


 それはそうなのだが──


 それでももしも”えんじぇる”が一匠であると知られたならば、瑠衣華は「なぜ白井君は途中で気づいたのに言わなかったのか」と、当然怒るだろう。

 だから絶対に”えんじぇる”の正体が自分であることを、ばらすわけにはいかない。


 一匠は自分の心に、そう釘を刺した。

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