第22話:あれっ? 白井くんじゃないですかー!

 一匠は、ホントは瑠衣華と仲が良いのではないか。

 そう疑った田中と鈴木が、無言のままジトっとした目で睨んでいる。

 一匠は焦って冷や汗が流れたが、やがて田中がふっと表情を崩した。


「まあ俺にとってはどうでもいいんだけどなぁ。俺には青島さんがいるし」

「えっ? 田中君、ずるいよー 赤坂さんは僕には手の届かないアイドル、なんて言ってたくせに」

「なに言ってんだ鈴木ぃ。お前には高木さんっていう素晴らしい女の子が現れたんだから、それでいいんだよぉ」


 ──確かに田中の言うとおりだ。

 鈴木も納得したようで、「そうですね」と笑顔を漏らした。


(しかしまあ、驚くようなことが起こるカラオケ会だな。また喉がカラカラだ)


「ちょっとドリンク行ってくる」


 田中が歌を入れてマイクを握ったのを横目に見ながら、一匠はまたドリンクコーナーに向かった。


 ドリンクコーナーに行くためには受付の横を通るのだが、ちょうど受付をしている二人組の女の子がいるのが一匠の目に入った。

 二人のうちの一人が、一匠に気づいて声をかけてきた。


「あれっ? 白井くんじゃないですかー!」


 それは青島理緒だった。

 今日はホントに、いろんなことが起こる。


「青島さん、今来たの?」

「そうですよ。白井君は誰と来たのですか?」

「クラスの田中と鈴木」

「へぇ……じゃあ合流したいです……ねぇ佐川さん?」


 理緒が一緒に来た女子に顔を向けた。

 その子は「いいよ」とコクっとうなずく。

 この子は別のクラスの委員長をしている子だ。

 真面目できちっとしたタイプの女の子。


「ということで、いいですか白井君?」

「あ……えっと……」


(ちょっと待て! それはやばい! 田中と鈴木がなんて言うかわからない!)


 理緒は目を細めて笑顔を浮かべ、小首をこくんとかしげた。

 艶々とした黒髪がふわっと揺れる。

 爽やかな甘みの柑橘系の香りが揺れる。


 こんなに期待を込めた笑顔の理緒に、一匠は拒否をする力を持ち合わせていなかった。


「あ、ああ。そうだね」


 理緒が来てくれたなら田中は喜ぶだろうし。

 鈴木は何と言うかわからないけど、まあ喜ぶだろうからいいかと一匠は思った。


 受付で二組が合流する手続きを理緒がして、一匠達のルームに三人で向かう。ルームの前に着いて、一匠が先頭に立ってドアを押し開けた。


「おおーい白井ぃー! 次はお前の番だぞぉ。まだお前、一曲も歌ってな……」


 田中の声はそこでピタッと止まった。

 一匠に続いてルームに入ってきた理緒の姿に目が吸い付けられている。


「あ……ひ、姫様……」


 田中は小さくつぶやいて、ぴょこんとソファから立ち上がった。


(田中よ。絶対に変に思われるから、本人の前でその呼び方はやめたほうがいいと思うぞ)


 と思うが、そのご本人もいる前なので口に出せない。


「あの……さっき受付で偶然会ってさ。田中と鈴木と一緒にいるって言ったら、合流したいって言ってくれたんだけど……いいかな?」

「ももももももちろぉん、いいよぉー」


 田中は盛大にどもりながら、手を振って理緒を招き入れる。


「せっかく男子だけで盛り上がってるのに、ごめんなさい。失礼します」

「いえいえいえ。男子ばかりなので、めちゃくちゃ盛り下がってたところなんだよぉ」


 田中がなんと失礼なことを言っている。しかし田中自身はあまりにテンパって、自分が何を言っているのかもよくわかっていない様子だ。


 鈴木といえば、口をぽかんと開けて呆然と理緒の姿を眺めている。


 この二人にとっては、ファングループを名乗るほどの「二大美少女」が、短い時間にこのルームに現れたのだ。喜びで挙動不審に陥ってもなんらおかしくない状況である。


「さあどうぞぉ、お二人さん! お座りくださいぃ」


 田中がソファを指し示す。テンションあげあげだ。結構広めの部屋だったので、奥に鈴木が座っているけどその他は席が空いている。


「ありがとうございます」


 理緒が先に連れの女の子を座らせて、その隣に自分が座る。

 理緒の隣のスペースに、田中の獣のような視線が向けられた。そこに座ってやろうと、野生のような闘志を燃やしている。


 しかし──

 理緒は自分の隣の空席を手でポンポンと叩いて、視線を一匠に向けた。


「白井くん。どうぞ」


 そう言って理緒はニコリとほほ笑む。

 そんな理緒を見て、田中の顔は一気にどよーんとした。


(うわっ、またこのパターンか……)


 一匠は──激しい頭痛がするような気がして、頭を抱えた。

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