第14話:事実かどうかと、他人に言いふらすことは別

「まあ元カレがモテるのは、悪い気分じゃないしね」


 なんと。瑠衣華の口から、そんな衝撃的な言葉が出た。

 だから呆然として訊き返す。


「赤坂さん……俺を元カレだって認めるのか?」

「認めるも何も事実だし」

「だって他の人には言うなって」

「事実かどうかと、他人に言いふらすことは別。他の人に知られたくないだけで、私たち二人の間ではそれは事実なんだから」

「知られたくないってことは、恥ずかしいことだからだろ?」

「それは違う」


 瑠衣華は真顔で即答した。


(赤坂さんは、俺と付き合っていたことを恥ずかしく思っていたわけじゃないんだ……)


 一匠は意外に思って瑠衣華を見るが、彼女は前を向いたまま歩いていて、一匠の方を見ようとはしない。照れているのか気まずいのか。


(じゃあなぜ、他の人に知られたくないんだろう?)


 まだ何か言うのかと思いながら、一匠は瑠衣華の横顔を見ていた。しかし瑠衣華はきゅっと唇を結んだまま、それ以上は何も言わない。一匠の方も、それを問いただす勇気はない。


 だから瑠衣華が『付き合ってたことを他人に言わないで』と言う理由はわからないままだ。


 単に過去のプライバシーを知られたくないという気持ちなのか。

 それとも女の子の気持ちって、そんなものなのかとも思う。


 しかし、元カレがモテることを悪くない気分だなんて──今日の瑠衣華はどうしたのか。

 いつもとちょっと様子が違う。


 一匠は不思議に思った。


(あ、それよりも。俺が青島さんと仲が良くて俺がモテてるなんて、赤坂さんは勘違いしてるようだから、ちゃんと正しておかないと……)


「あの…… 誤解があるようだから言っておくけど……」

「なに?」

「俺は青島さんと委員長・副委員長で接点が多いだけで、決してモテてるわけじゃない」


 瑠衣華はきょとんとして一匠の顔を見つめる。

 そしてすこし唇を尖らせるような表情で言った。


「ふぅーん。謙虚なんだね、案外」

「なんだよ案外って。俺は中学の時から今もずっと謙虚だ」

「え? あ、ああ……まあ。そうかもね」


 否定するでもなく納得するでもない感じ。

 普段の憎まれ口ばかり叩く瑠衣華からしたら、割と素直な感じなのが意外だ。


 しかし一匠には瑠衣華が何を考えているのか、未だによくわからない。

 しかも……今一瞬、瑠衣華がにへらと笑った気がした。


 ──それも意味はわからない。


(でも……俺と付き合ってたって過去は、なかったことにしたいわけじゃないみたいだな……)


 やっぱり女心は謎だ。

 もっと女心を学ばなきゃいけないなと一匠は思う。


 ところで──

 瑠衣華はなぜかずっと一匠の横を歩いている。自分と関わりを持ちたくないはずなのに……なんで?

 

「えっと……赤坂さん? なんでついて来るの?」

「はぁっ? 私が? 白井君に? ついて行ってなんかいませんけど?」

「ついて来てるじゃん」

「いいえ。ついて行ってなんかないし」


 一匠は、瑠衣華の言うことが、やっぱりさっぱりわからない。

 瑠衣華は一匠の横を、同じ方向に向かって歩いている。これをついて来てると言わずに、なんと言えばいいのか?


「ついて来てるじゃんか」

「違うよ。私は自分の家に向かって歩いてるだけ」


(ああ、そうだ。赤坂さんの家も、こっちの方だった)


 ようやくそれに気づいた一匠は、「ああ、そうだったな」とつぶやいた。


「もしかして白井君は、私について来てほしかったのかな?」

「はぁ? なんで俺が?」

「美少女の瑠衣華ちゃんと一緒に歩けるなんて、ぼかぁ幸せだなぁ……なんてね」


 冗談なんだろうけど、瑠衣華がなんだか恐ろしいことを言ってる。

 そんな気がして、一匠は瑠衣華の顔を見た。


 確かに瑠衣華は高校で、もの凄く可愛くなった。まさに美少女だ。

 しかし横を見た一匠の視線の先にあったのは、中学時代と同じ分厚いメガネとダサい服装で、オタク臭をぷんぷん漂わせる瑠衣華。


 髪の毛は確かに中学時代の重い黒髪から、今は綺麗な栗色になっている。しかし学校で見る綺麗でさらさらしたヘアスタイルとは打って変わって、今はぼさぼさだ。


 さっきまで寝てたって言っていたし、後頭部なんか盛大に寝ぐせがついている。


「美少女……?」


 別にそれを否定したいわけではなかったけれども、目の前の瑠衣華を見て、一匠の口調と目つきはついつい訝しげな感じになってしまった。


「えっ……? あっ……」


 それに気づいたのか、瑠衣華は慌てて髪を手で撫でつける。そして慌てて分厚いレンズのメガネを外した。クリっとした瞳が現れるとやはり美少女だ。


 瑠衣華がこんなにあたふたする姿を見るのは初めてだ。小柄な美少女がワチャワチャする姿は確かに可愛い。


 学校での瑠衣華は今や大人気美少女。

 だけど目の前の瑠衣華を見ると、根っこは変わってないんだなと思う。


「なんなの? 私が美少女なんて言ったら、そんなにおかしい?」


 瑠衣華はぷくっと頬を膨らませている。ご機嫌斜めのようなので、慌てて一匠は否定した。


「あ、いや……別におかしくはないよ。実際に可愛いと思うぞ」


 学校での瑠衣華は髪も服装も綺麗に整えていて隙がない。しかし目の前の彼女は服装も寝癖も、そしてあたふたする態度すらも隙だらけだ。


 それがかえって瑠衣華の可愛らしさを増幅している。だから一匠の口から、思わず可愛いなんていう言葉が漏れた。


「ふぇっ!? か、か、か、かわ……」


 瑠衣華は目を丸くして、さらにあたふたし始めた。

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