第13話:し、白井君。い、いま帰り?
コンビニの前で偶然会った一匠と瑠衣華。
一匠が思わず「瑠衣華!?」と下の名前で呼ぶと、それにつられたのか瑠衣華も「いっしょー君!?」と叫んだ。
ハッとした顔になった瑠衣華は、慌てて自分の地味なカッコに目を向ける。それから一匠の制服姿を上から下まで視線を走らせて、言い直した。
「あ……し、白井君。い、いま帰り?」
改めて名字で呼ぶ瑠衣華の態度は、どことなくぎごちないものになっていた。
「お、おう。そうだよ」
実は一匠と瑠衣華は、中3で付き合い始めた時に、お互いに名前呼びをすることにしたのだった。
二人とも初めて異性と付き合うことになったあの時。
──男女が付き合うと言えば、そりゃあもう名前呼びでしょ。
ウブな男女二人は、世の中にはまるでそんな掟があるかように思い込んでいた。そして無理してがんばって、名前呼びを続けた。
おかげでたった1ヶ月しか付き合っていなかったにも関わらず、二人ともごく自然に名前呼びをするようになった。
まあ今となっては、二人とも浮かれていたと言うしかないのだが。今から思えばあの恥ずかしい行為も、立派な黒歴史と呼んだ方がいいのだろうか。
しかし卒業式の日に別れ、そして次に二人が会話を交わしたのが高校に入学した日。
ホームルームが終わって一匠が瑠衣華に声をかけたが、すっかり見た目が変わった瑠衣華に遠慮して、一匠は『赤坂さん』と名字で呼んだ。
その時に例の『えっと……あ、白井君だよね。確かおんなじ中学だった……』というセリフが瑠衣華の口から飛び出して以来、一匠は遠慮してずっと『赤坂さん』と呼んでいる。
今の学校での瑠衣華は、中学の時の瑠衣華からは見た目があまりにも変わっている。だから一匠にとってもまったく名字呼びに違和感がない。
しかし今、目の前にいる彼女は、まさに中学の時と同じダサい赤坂瑠衣華。だから思わず下の名前で呼んでしまった。
瑠衣華の方も高校に入学して以来、一匠のことはずっと白井君と呼んでいた。
関わりが薄いフリをし、元カレだという事実を高校ではひた隠しにしているのだから、それも当たり前だ。
しかし今は学校ではないぶん警戒が緩んでいたのか、それとも一匠が瑠衣華と呼んだことに反応してしまったからなのか……
以前のように『いっしょー君』と呼んだ。
瑠衣華は以前のようなダサダサな姿を見られたのが恥ずかしいのか、しきりに髪をいじったり、タンクトップの裾を引っ張って伸ばしている。
「あ、あの……さっきまで寝てたから、ついそのまんまのカッコで出て来ちゃったんだよね……」
「あ、そう……」
(別に言い訳なんかしなくてもいいのに。どんなカッコをしようが赤坂さんの自由なんだから。でも俺と出会ったのが居心地が悪そうだな)
「ど……どうせダサ女とか思ってるんでしょ?」
「いや別に……」
(めっちゃ思ってるけど)
なんとなくピリピリした雰囲気に、早くどっか行けと思われているのだろうと一匠は考えた。
だから「じゃあ」とだけ言って、すぐに家に向かって歩き出す。すると予想外に、瑠衣華も一緒に歩き出した。
「こんな時間まで、何をしてたのかね君は?」
照れ隠しなのか、なんなのか。瑠衣華はやたらと偉そうな口調で一匠に話しかける。
「クラス委員長会議だよ」
「ふぅーん……じゃあ青島さんも一緒だった?」
「ああ、そうだよ」
「ふぅーん……最近青島さんと仲がいいね」
(何が言いたいんだろ? 俺みたいな陰キャは高嶺の花と仲良くするなってことかな?)
瑠衣華の言い方はちょっとふて腐れたような、不満げなような、そんな感じがした。
だから一匠も少しつっけんどんに答える。
「別に…」
「高嶺の花と仲良くできて、さぞかし気分がいいんでしょうね……白井くんのくせに」
(うおっ! 予想どおりだ)
だがさすがに一匠も、少しカチンとくる。
いくら自分のことを嫌いだとしても、そんな言い方はない。
一匠が言い返そうと思ったその時──
「ご、ごめん。言い過ぎた」
(あれ? どした?)
瑠衣華は憎まれ口を叩いた後、秒で謝ってきた。普段はそんなことはないから極めて珍しい。
だけどそれならなんで、そんな憎まれ口を言うのか。
(女心はよくわからん)
と考えていたら、瑠衣華の口からとてつもなく衝撃的な言葉が出た。
「まあ元カレがモテるのは、悪い気分じゃないしね」
一匠は、瑠衣華がそんなことを言い出すなんて思いもよらなかった。
「赤坂さん……俺を元カレだって認めるのか?」
一匠は呆然として、そう訊き返した。
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