第3話:どうかしましたか、白井くん?

「あっ……」


 一匠は思わず声を出した。なぜなら理緒りおの黒髪は襟元で束ねられ、そこには赤いリボンが結ばれていたからだった。


「どうかしましたか、白井くん?」

「あ、いや……珍しく髪飾りをしてるなって思って」

「そうですか。可愛いでしょ、これ」


 理緒は穏やかに目を細めて、白く美しい指で赤いリボンを撫でた。美少女のそんな仕草はやはり可愛い。


 一匠は喉まで『うん、可愛いね』という言葉が出たけれど、その口から出たのは「うん、そうだね」だけだった。


 いくらアクセサリーとは言え、女子に向かって可愛いなんて言葉を吐くのは、一匠にとっては恥ずかしい。


(でもまさか、青島さんまで赤いアクセサリーをして来るなんて)


 単なる偶然なのか、それともまさかあの相談者は青島理緒なのか?

 と、一匠の頭は混乱する。


 相談者はまったく別の第三者という可能性が高いのが自明の理なのだが、目の前の赤いアクセサリーを見ると、ついそんな可能性が頭をよぎってしまう。


 理緒はクラス委員長で、実は一匠が副委員長だ。

 クラス委員を決める際に、真面目で清楚な理緒が委員長に推薦され、彼女は快く承諾した。

 そして理緒が、たまたま隣の席の一匠を副委員長に推挙したのだ。


 いわく『白井君って真面目で誠実そうだから』と。

 彫りの深い美少女に、優しく微笑まれてそんなことを言われた一匠には、それを断わる選択肢なんかなかった。


 いや。健全な男子であれば、美人で優しい理緒の頼みなんて誰も断れない。


 それから何度か一緒に委員仕事をしている中で、理緒が自分に悪くはない印象を持っていると一匠は感じている。

 しかしそれはもちろん、好きという感情ではないと、彼もわきまえている。


 だから──

 理緒の赤い髪飾りは、決して自分への好意の現れではない。


 単なる偶然か、または他の男子への好意。

 そう思うと、また一匠の視線はチラリとモテ男子の緑川へと向いた。


(やっぱアイツかな)


 その時右側、つまり元カノの方から何やらドンと音が鳴った。横目でさり気なく見ると、瑠衣華るいかが一時限目の教科書を机の上に置いた音だった。


 瑠衣華もこちらをチラッと見たから、思わず目が合った。しかし一匠に気づいてないように、彼女はすぐに視線を外して手元の教科書を見る。


 その顔は頬がぷくっと膨らみ、口を尖らせていて、なんとなく不機嫌そうだった。


(赤坂さんは何を怒ってるんだ?)


「あら白井君。おはよう」


 瑠衣華はまるで今一匠の存在に気づいたように、顔を上げて手で髪をかき上げた。手首の赤いシュシュが一匠の目に入る。

 瑠衣華の手首をじっと見ている一匠の目線を、瑠衣華の視線が追う。一匠が赤いシュシュを見つめていることを、瑠衣華も気づいたようだ。


「あ、おはよう赤坂さん」


(挨拶なんてしない日もあるのに突然どうしたんだ?)


「きょ、今日も良い天気ね」

「えっ? 今日は曇ってるけど……」

「へっ? あっ……ああ、そうなのね。白井君はそうやって私を否定したいんだ。へぇ……そうなんだぁ……」

「はっ? 否定なんてしてないし」

「ふぅーん。そうかなぁ……」


(いきなりなんか非難されてる感じ。なんか、俺、悪いことしたか? わけわからん)


 一匠は怪訝に思うが、すぐに思い直す。


(赤坂さんはクラスでは割とクールなキャラで通してるくせに、俺にはしょっちゅう憎まれ口を叩いてくる。それはきっと、俺のことが嫌いだからなのだろう)


 一度付き合ってみて嫌いになった。だからすぐに別れを切り出したのだし、高校では距離を置く。そして憎まれ口を吐く。


 ──うん、きっとそうだ。

 そう考えたら、すべて辻褄が合う。


 一匠がそこまで考えた時に、左側から理緒が声をかけてきた。


「白井くん。これなんですけど……」


 一匠は瑠衣華のことは置いといて、理緒に顔を向ける。


「うん。なに?」


 理緒はクラス委員の仕事のことを話し始めた。その優しい笑顔を見ると、一匠も心が落ち着く。


 一匠は左隣の席を向いて、そんな気分で理緒と会話をしていた。だから反対側で瑠衣華が呟いていることなんか、一匠の耳には届いていなかった。


「むぅー…… 青島さんのリボンには笑顔でそうだねなんて答えるのに。私のシュシュは、気づいても無視かぁ……」


 そんな瑠衣華の顔には、少し寂しげな表情が浮かんでいた。

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