第2話:まさか。昨日の相談者は、赤坂さんなのか?

 隣の席に座る"元カノ"赤坂あかさか 瑠衣華るいかが、手首に赤いシュシュをはめている。

 それが目に入って、一匠の心臓がドクンと跳ねた。


(まさか。昨日の相談者は、赤坂さんなのか?)


 一瞬そんなことが頭をよぎったけれども、一匠はすぐに打ち消して、視線を元に戻した。


(いやいやいや。あのサイトは日本中の人が見る可能性があるんだ。そんなはずは絶対にない。しかも……赤坂さんは俺を避けたがってるんだから、あれが赤坂さんだなんて可能性はゼロだろ)


 一匠の頭には、高校に進学した初日のことが思い浮かぶ。


 ──あれは2ヶ月前。入学式当日のことだった。



+++++


 一匠と瑠衣華が付き合っていた1ヶ月の間に高校受験があり、2人は同じ高校に合格した。だから一匠も、瑠衣華が同じ高校に通うことはわかっていた。


 しかし入学式が終わり、クラスでホームルームが行われるまで、一匠は同じクラスに瑠衣華がいることに気づかないでいた。


 それに気づいたのは全員が順番に自己紹介した時だった。


「赤坂 瑠衣華です」


 席を立ってそう名乗った女子は、栗色のショートヘアで、小顔のめちゃくちゃ可愛い女子だった。制服のスカートも短めで、可憐という言葉そのもの。


 周りの男子からも「可愛い……」と、ため息が漏れ聞こえる。しかし一匠は、その時にもまだそれが自分の元カノだとは気づいていなかった。


 ──赤坂さんと同姓同名だ。同じ名前で、あんなに可愛い子がいるんだなぁ。


 呑気にも、そう思っていたくらいだ。


 しかしそのあと、彼女が言った出身中学が自分と同じだったことで、あれが自分の元カノなのだと気づいた。


 そう思って見れば、確かに背格好やアゴのラインはあの赤坂さんだ。


 ボサッとした黒髪は艶々の栗色ショートに変わり、顔がよくわからない分厚いメガネが鎮座していた場所には、クリっとした大きな目が輝いている。


 目立たず、ダサい女子だったはずの赤坂さんが、なぜか超絶美少女になって目の前に立っている。

 その事実に一匠は、頭がくらくらした。


 ──高校デビューってやつか?


 しかしまだ半信半疑の一匠は、ホームルームが終わって瑠衣華に声をかけた。彼女の周りには何人かの女子が集まり、一緒に帰ろうとしている。


 中学の時の瑠衣華は周りに取り囲まれるほど、友達は多くなかった。だから余計に違和感が大きい。


「赤坂……さん?」


 一匠が声をかけると、一斉に女子達が振り向く。その視線の圧に、一匠は思わずピクッと身じろいだ。


「えっ? 瑠衣華ちゃんの……友達?」


 誰かが怪訝そうに瑠衣華に尋ねた。それに答えるように、瑠衣華が一匠に向かって放った言葉。それが一匠の脳味噌を貫いた。


「えっと……あ、白井君だよね。確かおんなじ中学だった……」


 単なる顔見知りだと言いたげなセリフ。

 それで一匠はすべてを悟った。


 例え1ヶ月とは言え、付き合っていた仲だ。それに一匠の方は、なんら見た目は変わっていない。だから瑠衣華が一匠に向かってそんな言い方をするのは、理由は一つしかない。


(赤坂さんは、俺が元カレどころか……友達だとすら、周りの人に思われたくないんだ。)


 華やかな美少女に変身した彼女は、地味な自分との関係を隠したい黒歴史だと思っている。一匠は瑠衣華の態度を、そう結論付けた。


 だから一匠は、それ以上は何も言わずに瑠衣華から離れた。


 その翌日、一匠は瑠衣華から声をかけられた。なんの話かと思ったら、はっきりと「私達が付き合ってたことは他の人には内緒にして」と頼まれたのだ。


 だけどその言葉を聞いても特に腹も立たずに、まあいっかと、一匠は意外とサバサバとしていた。


 元々自分が好きで付き合ってくれと頼んだわけじゃない。付き合い始めて、瑠衣華を好きになりかけていたことは確かだけれども。


 今の瑠衣華は、もはやあの頃の瑠衣華ではない。クラス中の男子から憧れの的になっている。自分とは、もう住む世界が違う。

 高校では、お互いに新しい恋を探せばいいじゃないか。


 そんなふうに、素直に思えたのだった。


+++++



 だから──


 昨日の相談者が瑠衣華で、その相手が自分であるはずはない。彼女が自分を今も好きだなんてこともあり得ないのだし、と一匠は思う。


 けれども相談者が瑠衣華で、好きな相手が一匠以外の誰か、という可能性はゼロではないかも──なんて妄想が頭に浮かんでしまった。


 例えば──と、一匠は教室内に目を向ける。視線の先には、眩いばかりに輝く笑顔のサッカー部員、緑川みどりかわ 亮太りょうたがいる。


 イケメン。スポーツマン。明るいキャラ。

 モテる要素をすべて併せ持った男子。


 今の瑠衣華なら、きっとあんな男子とお似合いだ。瑠衣華が緑川に恋したとして、その恋はきっと成就するに違いない。


 そんなことを一匠が考えていたら、今度は左側の席からガタンと音が聞こえた。


「おはようございます白井くん」


 一匠が目を向けると、黒髪ロングが艶々と美しい美少女が、ちょうど席に座るところだった。

 それは瑠衣華と並んでクラス中から『我が校の二大美少女』と呼ばれている、清楚系正統派美少女の青島あおしま 理緒りお


 単なる美少女というだけでなく、その清楚で丁寧な佇まいと優しい性格。既にクラスには大ファンを自称する男子が何人もいて、まごうことなき超人気女子だ。


「あ、おはよう青島さん」


 一匠が挨拶を返すと、姿勢がいいその美少女は満足そうにニコリと笑みを浮かべてから前を向いた。


「あっ……」


 一匠は思わず声を出した。なぜなら理緒の黒髪は襟元で束ねられ、そこには赤いリボンが結ばれていたからだった。

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