第7話出会い

 揺れている振動のせいで、鼻頭はながしらかゆい。ボーっと虚ろな目で外を眺め続けるのはもう飽きた。

 他の奴隷たちから漂う死肉のような激臭にももう慣れてしまった。そのぐらい長い時間、私は馬車に乗せられている。この馬車に目的地はあるのか? 食事は取らせてもらえるのか? ここから出ることはできるのか? そんなことを考えているが、考えたところで無駄なことだと察した私は思考を止める。

 また、少し時間が経つと人が大勢いる大通りに出た。産まれてから一度も遠出したことがない私にとって、この見たことのない景色というのは新鮮で少し面白い。

 馬車が大通りに着くとパチンとむちを打つような音がして、馬がヒヒーンと鳴いた。そして馬車はゆっくりと速度を落として隅っこに止まった。この場所に用事でもあるのだろうか? もしかして私たちの食料を買ってきてくれるのかな?

 そんな希望的観測をする。男性が帰ってくるのを待っている間も私はずっと外の景色を見ていた。大通りには色々な商店があり、香ばしい匂いが漂ってくると思わず腹が音を立てる。目の前のパン屋さんのクリームパンが美味しそうだなーとか、そんなことを考えていると、妙な視線を感じた。

 きっと奴隷というものは珍しいのだろう。街行く人全員が通りすがる時に一瞬だけ目を向けてくる。さげすんだ瞳に、安堵の視線、どれも気分のいいものではない。でもそんな目を向けられるのも仕方ない。奴隷なんて社会の底辺であり、見下す対象でしかない。

 もし私があちら側の人間だったなら、同じような視線を向けていただろう。自分のみじめさに涙を流したくなる。そんな時だった。うるっと瞳を涙でらしていると、一人の男の子が馬車に近づいてきた。

 私と同じぐらいの背丈に、金髪で細長い目をしている男の子だ。


「ねぇ、ここで何してんの?」

 

「え……」


 いきなり声をかけられ驚いてしまうが、すぐに質問に答える。


「ひ……人を待ってます」


「人? こんな臭い箱の中で?」


「はい……」


「へーそうなんだ」


 自分から聞いてきたのに、男の子は興味なさげなそぶりをする。なんなんだろうこの子と思っていると、お腹がグーッとなってしまった。

 その音を聞いた男の子は、ガサガサっとポケットを漁ると紙に包まれたクッキーを取り出して私の方に差し出してきた。男の子の行動に戸惑うが、私は無理やり手渡されたそれを受け取る。


「あ、ありがとうございます……」


 そんな感謝の言葉を述べると、クッキーを口に含んだ。砂糖の甘さが口に広がり、ほっぺたが落ちそうになる。私はこの時初めて人の優しさに触れた気がした。






















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もう一度会えると信じて ラリックマ @nabemu

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