【2】

夕方のワイドショーになると内容がより具体的になっていて、無関係な第三者に暴かれた彼女の生い立ちは劣悪そのものだった。血縁者も身寄りもなく生まれた時から天涯孤独、育った施設でも冷遇され脱走して身売りで食い繋ぐ日々だったそうだ。


テレビの中の偉い大人は口を揃えて「もっと“大人”に助けを求めるべきだった」と言った。


何故彼女が助けを求めなかったか、僕には少しわかる気がした。僕には血縁者も身寄りもいるけど、彼らはたまにしか帰ってこないし関係性も絶縁と同然だ。育った環境も育児放棄に近い状態で孤独に変わりない。


この国では法律上の大人と子供の区別は年齢だ。働くにも何をするにでも年齢が付きまとう。そして僕らは大人の社会に対して無知で無知ゆえに無力だ。そんな環境下で生き抜くにはやはり大人という存在が必要なのも事実。だが大人に拒絶され、裏切られる世界で育った子供が大人に助けを求めるとテレビの中の彼らは本気で思っているのだろうか?と純粋な疑問が湧く。


僕はポケットからハンカチを取り出した。彼女が飛び込んだ瞬間に落としたものだ。縁にあしらわれた白いレース以外特徴のない無地のハンカチ。どれぐらい前のことかは忘れてしまったが僕は彼女と一度だけ言葉を交わしたことがある。彼女が落としたこのハンカチを拾って渡したのだ。普段はそんなことなんてしないのに気づいたら拾い上げ「落としましたよ」と声をかけていた。家庭環境が原因で僕は人の顔を見ることができずずっと下を向きっぱなしで彼女の表情はわからなかったが「ありがとう」と言った声色はとても優しかった。ハンカチを受け取った手は雪のように白く手首の絞痕と根性焼きの痕が異常に浮かび上がっていた。どこか自分と近しいものを感じ、それがハンカチを渡した自分の手と同じだったことを覚えている。


現にいま僕はコンビニ弁当を食べながら生活感のないリビングで白昼に起こった痛ましいニュースをどこか他人事のように見ている。もし僕をよく知る誰かと今一緒に居たとして、僕がテレビの中の彼らと同じく柊隠の生が喪失した瞬間に居合わせいたと信じるだろうか。とかそんなことを考えてるぐらい僕にとってはあの光景はもう普通に食事をしながら思い返せる出来事になっていた。

死ぬタイミングを彼女に横取りされたことは誤算だったし今日あの時間の電車に飛び込むことを決めた人間が僕以外に居ると思わなった。でも僕は嬉しかった。僕の“選択”は間違っていなかったと彼女が証明してくれたから。


僕は見たんだ。飛び込んだ瞬間、確かに彼女は笑っていた。だからあれは愚かな行為ではなく、魂の解放なのだ。

柊隠の魂はこの世の楔から解放された。

これから解放される歓喜なのか、はたまた彼女の視線の先に何かがあったのか僕にはわかるはずもないが最期に笑って死んだ彼女が少し羨ましくて妬ましかった。

もしも僕があの時彼女を止めていたら、僕と同じ選択をした彼女に問いたかった。

僕達が生まれた意味ってなんだったんだろうか。と。

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とある御話 しあ @shia0318

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