とある御話

しあ

【1】

平日の朝、駅のホームは様々な人で溢れていた。いつもと変わらない風景、いつもと変わらない雑踏。電気で動く鉄の箱は、今日も人々を吐き出し吸い込み決められたレールを寸分の狂いなく走っていく。


気まぐれ、本当にただの気まぐれだった。最期ぐらいは、薄汚いコンクリートじゃなくて綺麗な空を土産に逝きたいなんて柄にもないことを考えてしまったのだ。長い前髪の隙間から覗いた空は雲ひとつない青空で世間一般的にはこれを快晴と言うのだろう。

「綺麗な青だなぁ」

ポツリと零れた声は無機質な駅内のアナウンスに掻き消された。次にくる鉄の箱はこの駅に止まらない。この駅など最初から存在していないと言わんばかりのスピードで駆け抜けていく。僕はそこに飛び込むはずだったのだ。

でも実際に飛び込んだのは、隣に並んでいた女子高生。何かに導かれるように羽ばたき空に吸い込まれていった。雑踏の溢れる空間を悲鳴が切り裂く。駅はたちまち混乱しカオスになっていった。

ふと下を向くと足元に見覚えのあるハンカチが落ちていた。僕はそれをこっそり拾い上げるとズボンのポケットに突っ込み、騒ぎに紛れて足早に家へと引き返した。




柊《ひいらぎ》隠《なばり》という名前は昼間の緊急ニュースで知った。偽名のような現実味のない、中性的で珍しい名前の響きが耳に残る。


月曜の朝の通勤ラッシュ帯で起こった女子高生の飛び込み自殺。テレビではどのチャンネルをつけても、ネットニュースのトップもこの話題ばかりだった。テレビではレポーターが現場でインタビューをしていて、ほとんどの人間は可哀想、痛ましい、死ぬことなんてとか、一部は場所を考えろとか迷惑とかそんな感じのことを言っていた。人か病気か運命か、原因は様々だが毎日どこかしらで人は死んでいる。僕らが他人の死を知るのはいつだってテレビやネットで、それらは僕らに関係の無い他人事で、ありふれた情報の一部ぐらいの認識だ。

スタジオの映像に切り替わると報道を聴いていたコメンテーター達はみな悲しそうな顔をしてインタビューを受けていた人間達と似たようなことを言っていた。


彼女のニュースを見終えるとテレビを消し天井を見上げた。白いセーラー服が鈍色の箱に散った瞬間の赤い光景が、脳裏に焼き付いて離れない。


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