73 世界征服を手伝うことになった件

 咲良の姿をしたアマテラスは、俺の指摘に動じず、蠱惑的な笑みを浮かべている。

 

「何故そう思った?」

常夜とこよの国の食堂で、あなたは久しぶりの生身の食事、と言った」

「ああ、失言だったな」

 

 アマテラスは自分の口元を押さえる。

 あの時、俺は密かに「あれ?」と思った。過去自分は人間の姿をしていたと、言っているみたいじゃないか。神様はたまに人間の姿で地上に降りてくるという設定のファンタジーも、あるにはあるが、この世界はロボットが中心の世界だ。

 

「昔、人間だった。そして、久我家を大切に思ってるなら、血縁。単純に考えて、そうとしか思えないだろ」

「純粋な人間という訳ではないが、そなたの言う通りだな」

 

 正解、とアマテラスは愉快そうに笑って、俺の額をこづいた。

 俺はその手を握り、続ける。

 

「前に言ってたっけ、世界征服がしたいって。それがあなたの目的なのか」

「然り。このアマテラスの威光を、あまねく世にしろしめす事が我が大願なり」

 

 アマテラスの深紅の瞳が喜悦に光る。

 まったく物騒な神様だ。

 

「よーし、分かった。手伝うから、咲良を返してくれ」

「!!」

 

 世界征服を手伝う、と言ったらアマテラスは目を見張った。

 

「そなたは前に拒否していたような」

「うん。血みどろ惨劇だったからな」

「では何故」

「イザナミやヒルコとの戦いで分かったんだけど、アマテラスは最強の神様って訳じゃないな」

 

 咲良の肩がびくりと上下した。

 視線が空中を泳ぐ。

 

「どうやって、世界征服するんだよ」

「それは……我が宝鏡を世界にばらまいて……」

「鏡を量産しなきゃだな。でも霊力が足りない。操縦者の俺は今、霊力が半分の状態だ」

 

 現実問題、アマテラスは日本を守るので精一杯で、世界を征服するほどの力を持つ機体ではない。

 

「そう、霊力。響矢、そなた霊力をあのような小僧に渡すとは、何を考えている! 私が久我家に引き継がせてきた、門外不出の霊力だぞ?! 何百年も代を重ね、ようやく我が機体を十全に動かすまで、霊力を高めたというのに!」

「策略だったんだな。ったく……」

 

 俺はアマテラスに襟首をつかんで揺さぶられ、嘆息した。

 肩をすくめて見せる。

 

「残念だったな。何百年の集大成の俺は、一気に霊力が半分だ。残念でした。ご愁傷様」

「おのれ……!」

 

 俺を寝台に放り出し、アマテラスは怒りに燃えている。

 長い年月をかけて整えた計画がご破算になったのだから、無理もない。

 パジャマ代わりに着せられている着物の合わせを直しながら、俺はアマテラスを見上げた。

 彼女はしばし怒りに燃えた瞳で俺を睨みつけると、人差し指を俺に突きつけた。

 

「私を手伝うと言ったな!」

「言ったね」

「なら、まずは霊力を取り戻せ!」

「どうやって」

「この日の本には、そなたの霊力を戻すに足る古神操縦者はおらぬ。あの景光とかいう小僧は兄上と紐づいておるから手出しできん。こうなったら、海の外の古代聖遺物、もしくは国外の古神操縦者から霊力を奪うのだ!」

 

 遠大な作戦だな。

 だがこれで、咲良を取り戻す目途は付いた。

 

「国の外に出るには、許可が必要だ。咲良は自分ちに戻って、親を説得しないと。アマテラス、お前、完璧に咲良の振りをして咲良の肉親を誤魔化せるのか?」

「ぬぅ」

「せめて昼間だけでも、咲良に体を返してやってくれ」

 

 立て板に水のようにまくしたてると、アマテラスの旗色が悪くなるのが分かった。

 彼女はうつむいて悔しそうな表情を浮かべた後、顔を上げて真っすぐ俺を見た。

 

「仕方、ない……だが響矢、私との約束をたがえるようなら、その時こそ本当に、この娘の肉体をもらい受けるぞ」

 

 頬から顎にかけての稜線をするりと撫でられる。

 身を寄せた彼女の体からは濃い梅の花の香りがした。

 冷たくて柔らかい唇が、俺の口元に押し当てられる。

 契約の口づけを、俺は黙って受け入れた。

 

 

 

 

 上司がいるのにフリーダムに働いているせいで忘れそうになるが、俺は天照防衛特務機関の所属となる。天照防衛特務機関は、国の運営から分離独立した、古神運用を専門とする機関だが、多少は政治の影響を受けている。

 英雄・久我家の嫡男である俺を、はいそうですか、と国外に送りだしてくれたりはしない。

 名目は、国外の調査。

 今は俺よりも霊力が高い景光かげみつがいるから、予想通り国内に引き留められなかった。霊力を手放して良かったのか悪かったのか。

 国の防衛を担う戦力を外に出す訳にはいかない。なので、アマテラス(機体の方)とスサノオを置いていくと約束した。

 

「君の古神として、オモイカネを持っていってね」

 

 俺は優矢叔父さんには、包み隠さず全てを打ち明けた。

 叔父さんは「久我家のことだから」と俺に全面的に協力してくれた。

 国外に出るのに、持っていけるのはオモイカネ一機のみ。

 ヒルコの結界があるので、国外へは常夜とこよを経由する。常夜でツクヨミを拾って、咲良の機体として持っていくつもりだ。

 

「最近は、景光くんが屋敷に来て、掃除を手伝ってくれるんだよ。彼の給金を、我が家に差し入れてくれる。仏壇も綺麗になったよ」

「そりゃよかった」

 

 ペンペン草がぼうぼうだった屋敷だが、雑草は間引かれヘドロの池は整備され、徐々に元の日本庭園が戻ってきつつある。

 俺は叔父さんと並んで縁側に座り、庭を眺めた。

 

「ヒルコの結界は強力だが、いつまで保たせられるか分からない。君の言う通り、外に活路が必要だ。咲良くんのことも、この国のことも、君にお願いすることになってしまって、すまない」

「大丈夫ですよ、好きで選んだ道ですから。ヤバくなったら逃げ帰ってくるので、かくまってください」

 

 膝の上で、狸が丸くなっている。

 ふっくらした毛並みをゆっくり撫でる。

 

「響矢!」

 

 中庭に入ってきた咲良が、笑顔で手を振っている。

 今日は珍しく洋服姿だ。深い群青のワンピースを着て、旅行用の大きな革のバッグを持っている。長い黒髪が風にそよぐ。みずみずしい翡翠色の瞳には、純粋に俺に会えて嬉しいという意思だけが見えた。

 久しぶりに、咲良と会えた。

 

「行くのかい?」

 

 狸を抱えてゆっくり立ち上がる。

 作務衣姿の叔父さんが、俺を眩しそうに見た。

 

「はい。――行ってきます」

 

 俺は咲良と一緒に旅に出る。

 




                       第二部 完

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俺はロボット操縦の才能があったらしい ~モブだった俺が最強の古神操縦者と呼ばれるまで~ 空色蜻蛉 @25tonbo

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