スクール・デイズ

 翌日、歌音達のクラスにて。

 「ノンちゃん、アイさん!」

 登校したてで、若干寝起き気味の歌音、藍良の二人の眼前に、突然海鈴がタブレット片手に飛び出してきた。

 「なあ、今日さ、一年のクラスにさ、人気アイドルの子にそっくりな女の子がいてさ~」

 「おいおいそれマジか、気のせいじゃねぇの?」

 「いやいや本当だって、髪の色と瞳の色は全然違うけど、それ以外はもうソックリなんだよ!」

 という、クラスの話題話には目もくれない。

 二人は、「ふぇぇっ!?」「海鈴っ、いきなり出てこないでよ!」と驚き、眠気も完全に吹き飛んでしまったようだ。

 「それより、二人とも…これ見るです!」

 海鈴は、持っていたタブレットの画面を、歌音達二人に見せる。

 「ふっ、ふぇぇぇぇ!?」

 「えっ、これに写ってるのって…」

 目を疑った二人は、ネット掲示板の記事のページを開く。

 「おとといの、あの人だ…」

 「見た所、マッポ連中も、捜して無いみたいね…」

 記事のタイトルは『(速報)黒髪の女(※痣付き)にシバかれるレイプ魔乙www』。

 載っている写真に、あの日に出会って以来、姿を見ていない、守那によく似た少女と、思しき人物が写っていたのだ。

 撮られた時間は夜中で、暗くてよく判らないが、彼女の右手には木刀が握られており、傍らには裸に剥かれた別の少女が居る。奥には痩せ細った男…掲示板の記載ではレイプ魔がいる所を見ると、黒髪の彼女は、少女を男からを護っている事が伺える。

 「…間違いないよ、この人の顔…」

 二人は少女の顔に注目する。

 彼女の顔の左側に、あの光る鳥型の痣があったのだ。

 あの日、二人が会った彼女に間違いなかった。

 「最近知ったっつっても、マッポも本当腐ったわね。あんなヘンタイちゃんに仕事取られてんだからさ」

 言い過ぎとは分かっていながらも、藍良のこの発言には歌音も少し頷いた。

 現在は徐々に改善されているが、戦後の『ニホン』警察は、かつての罪のせいで真面に権力を行使することが出来ず、誘拐や人質を伴う事件に至っては練度不足も重なり情報の漏洩が立て続けに起こり、犠牲者も続出した。結果、犯人確保には賞金稼ぎの協力を仰ぐケースも保全法公表以前よりも増えてきている。今回のソレは、容疑者は恐らく指名手配犯ではないので、幾らかの報奨金と、感謝状が授与される程度になるだろうが。

 歌音達が、その黒髪の少女…この犯罪者狩りと初めて会ったのは、一昨日の朝。その彼女が能力者だと知ったのも、同じ日の夜。自分達は生で、その活躍を目撃している…。

 だがその後、警察のヘマで素っ裸にされてその場で失禁、挙げ句全裸で走り去ってしまい、当分、その羞恥心から公衆の面前に出られなくなってしまったのではないかと、互いに思っていたが…。

 (やっぱり、ヤバイんじゃないのあの人、平然とあんな場所で長物ブン回してるし、あの場でオシッコ漏らしても気にしないし、きっと殺し屋やりながら、ヌーパブで働いてるんだよ…あの調子だと後ろからも…)

 (助けて貰ったのに、そんな事言っちゃダメ!それにヌーパブって、あいちゃんだってハダカで外出そうになっちゃった事があったでしょ!あと、あいちゃんあの人の見てバージンって言ってたでしょ、それ忘れちゃったの!?)

 (ごめんそうだった…だから、新人さんか、本番NGとかなんだって、出なきゃ、バージンじゃないなんて、あり得ないわ!)

 「…あの、また江戸上の方から鴉狩りが、しかも名の知れてるのが忍び込んで来たんじゃないかって話なんですが…多分見る所間違ってますし、聞いてませんね二人共」議論中の二人に置いてけぼりの海鈴。

 と、そこへ、

 「…悲鳴を聞いても来てねぇとか…ふざけやがって…」

 守那も、教室に到着した。始業式があった昨日とは打って変わり、ネクタイは緩く、カッターシャツも鎖骨が少し見えるくらいに開けている。中は肌着を着けておらず、可憐さも相俟って男とは思えない艶めかしさが漂う。

 「あっ、天空君おはよ~!」

 クラスの女子達が、一斉に守那に声を上げる。

 イラついていた守那は、若干落ち着いた程度でほぼ無表情のまま、少し頷くだけで同級生たちの元に向かうことなく自分の席に座り、持っていたスマホ画面を起動する。

 「あ~、本当人気だねぇ、天空君」

 「かんわい~顔してるからね~」

 女々しい外見の転校生の、女性人気に圧倒される歌音と藍良。

 「ね、海鈴」

 藍良は、海鈴にも話し掛けるが…。

 「…」

 海鈴は、その場で固まったまま動こうとしない。

 「…海鈴!」

 「あっ…ごめんです」

 耳元で叫ばれ、ようやく気付く海鈴。

 「どうしたのりんちゃん、天空君が来てからずっと変だよ?」

 「…何でも、ないです」

 海鈴は、そのまま歌音の問いに口を濁しながら自分の席に戻る。

 「多分、あんまりにもゴロドリ姐さんに似てるから、緊張してんじゃない?」

 「あはは、そうだよね…りんちゃん、ゴロドリさんのファンだし、きっと天空君が男の子だったのがショックだったんだね」

 後は当人が、せめて女性なら…。

 二人は、それが残念に思った。

 「…そう言えば、日曜の事件の犯人もまだ捕まっていないよね」

 「うん、アレだけ傷を負ってのにね…」

 昨日の夜も、奴に…黒マントによるものと思われる、掃除屋を狙った大量殺戮が発生していた。

 結果、現場はゴミだらけのまま…ならまだいいほうで、血肉飛び交う殺人現場となり、ビニールシートで覆われて立ち入り禁止。街ゆく人々は困惑しながら生活しているという。

 しかも、発生するのは専らこの区のみ。例え怪物…ナクシヅクリを従えていても、捕まらないはずもないのだが…。

 (きっと、あの女の人も…)

 歌音は、あの夜以来遭っていない、黒髪の少女の事を考えながら、俯いていた…。


 その日から四日間は、ずっと午前中しか授業が無かった事も重なり、始業式のあった日とは比べ物にならない程、目まぐるしかった。

 「ああ、こういう意味だったのか…」

 「おお、この方程式も出来るのかぁ」

 守那は、特に国語、数学、歴史が得意なようで、実力テストの後、答案用紙を返す教師陣を感心させていた。

 ただ、

 「天空君、ここスペル間違ってるよ」

 「…すまん」

 クラスの女子に、誤答を指摘される守那。

 本国語…英語は苦手らしく、中には何処かのバラエティ番組で笑いをとれるんじゃないかとも思える解答も見られた。実際、地球上…いやこの世に存在し得ない光景が浮かぶヘンテコ文章も出来上がっており、クスリと笑った者もいた。

 他にも、生物学では、「内臓に、骨に、血管…ううっ…」と少々吐き気を催した様子。

 どうやら動物の解体図が苦手だったようで、実際、教科書を開くこと自体躊躇していたような。

 「しかし、あいつ凄いな…」歌音が掲げる解答用紙を見て感嘆する守那。

 その解答用紙の数々は、赤いインクの×印が殆ど無く、〇印がビッシリと埋まっていた。 中には、百点の答案用紙も。

 「スッゴいでしょ、歌音はね、中学時代からメチャクチャ秀才なんだから。あたしもあん時ゃビックリしたわ~」

 先に歌音の解答用紙を見ていた藍良が、腕を組み自分のことのように威張る。

 「あいちゃんだって、公民以外ちゃんと出来るよね。あと、イラストも」

 「いやいや、アンタの方が凄い賞取ってたじゃん、あたしなんて、入賞するのがやっとだもん」

 歌音は創作系、特に絵画は、美術館で展示されているような抽象画から、マンガ風のイラストまで幅広い作品を披露し、見る者全てを喜ばせた。

 「何でこれでクラス委員とかやらなかったんだろう」

 「何でもないのに帰宅部なのが惜しい」

 とは、クラス中の弁。


 午前の授業が終わり、下校前の昼食の時間。

 「ねぇ…見てよあの子…」

 食堂を利用しに来た他の生徒が、思わず閉口する。

 その先には、誰も知らない黒髪の美しい、少女にも見える、一人の少年。

 「…いただきます」

 目の前に並べられた料理に、手を合わせる守那。

 しかし、問題は彼では無かった…。

 「アレだけの量、一人で食べるの…?」

 「結構、大盛り過ぎねぇか…?」

 守那の眼前に並ぶ料理は、大盛りのエビピラフを主食に、主菜は若鶏の唐揚げ、チンジャオロース、エビチリ、野菜炒め、麻婆豆腐、シーフードグラタンがそれぞれ大盛りに、サラダボウル並みの量のコンソメスープ、副菜に同じくサラダボウル並みのシーザーサラダ、スイーツに、カットされていないチョコレートケーキ丸ごと…と、選り取り見取りであまりにも多すぎたのだ。

 守那は、それらを次々と、無言のまま平らげていく。

 「何か、ぼく達みたいだね…」

 「うん…」

 華奢なのに、よく食べるなぁ…。

 自分達も今食べている、同じくらいの量と品目の料理の山を見て、呆然とする歌音と藍良。

 「殆どおごって貰ってるあたしが言うのも何だけどさ、あいつ、お金大丈夫なの…?」

 「うん、ぼくも心配かも…」

 

 次に運動…と言っても、まだ時間的に本格的なスポーツの授業はあまり出来ず、ほぼ放課後の遊戯のみだが。

 「おい、あいつ凄えぞ!」

 「あの女…じゃなくて男子、何者なんだ!?」

 通りかかった男子が驚愕する。

 「ふぇぇ、天空ってすごいなぁ…」

 まず、守那はスポーツが出来た。基礎体力は人並み以上で、サッカーをやらせたら彼の蹴ったボールは美しいカーブを描き、バスケをやらせたらプロ選手並みのドリブルとダンクを見せた。リレーでも男子でのみだが他の誰も寄せ付けず一着をとった。といっても、本人が嫌なだけなのか、女子と競っていないだけなのだが。

 「ん~、楽勝楽勝~!」

 一方の歌音も、小柄(&トランジスタグラマー)で幼い見た目と仕草に反し、他の追随を許さなかった。守那同様にリレーで一位を取り、バレーやバスケでもエース級のプレイを見せた。

 「う~ん、いつ見てもいいわぁ~、動くたび揺れるタユンタユンなお乳さまぁ~」歌音の活躍…というよりは身長不相応に育ったわがままボディの躍動ぶりに萎える藍良。

 「…アイさん、目がスケベです」

 後で歌音に言いつけよう。

 隣にいる海鈴が、ジト目で藍良を睨んでいた。

 

 「うぉ~、カワイイじゃんアイツ~!」

 守那の評判は上級生や下級生にも広がり、放課後、歌音達のクラスには連日多くの生徒が集まった。

 「ヒュー、ユー、ベリーキュートねー!」

 「キャー、天空君こっち向いて~!」

 「こんなカワイイ家族が欲し~!」 

 彼は、どんな人にでも、丁寧に対応した。

 例えば…女装とか。

 「キャー、カ~ワ~イ~イ~!」

 「ね~ぇ~、次はこれ着て~!」

 ドレス、セーラー服、メイド服、魔法少女、変身ヒロイン…。

 本人はまんざらでもない様子だったが。流石は男の娘。水着系と前貼り系は完全に拒否されたものの、どんな格好でも似合ってしまう。

 クラス中でも、それは暫く沈静化せず、殆どの男女が纏わり付く。

 そうやって、日々が過ぎていった…。

 

 しかし、それは華々しい物ばかりでも無い。

 (またか…)スマートフォンでニュースサイトをチェックする守那。

 見出しは『清掃屋とボランティア、またも犠牲に』。

 日曜の事件が、また起こってしまったのだ。それも毎日。

 (どこに居る…あの黒装束…)

 犯人…黒マントとはあの日以来、遭遇していない。

 自分も夜な夜な街を出歩いているが、それらしい輩は見つからない。

 それどころか、能力を悪用する、他の馬鹿がこの街にもあちらこちらにいる。この間なんか、触れた物質を砂に変えるロリコン野郎をシメたばかりだ、警察へ通報しなければいけないし、おまけにまだ十代故の行動制限も、一応はある。捜している暇も無い…。

 しかも…、

 「…『捜しています』…だと…!?」

 記事の直ぐ下にある、この街での行方不明者リストを開いた守那は、目を見開いた。

 そこには…、

 『藤灯小絵ちゃんという、十一歳の女の子が、水曜日から行方不明になっています。目撃されたという方は、神河警察にまでご一報下さい』

 といった、行方不明となった、まだ幼い子供や、ティーンエージャーの顔写真と名前がズラリと並んでいた。

 しかも、いなくなったのは全員この辺りに住む子供ばかり。

 そして…、

 (あの黒装束野郎と出会した、二日後から…!?)

 高校生が二人もいた中で、そいつらをも殺そうとしていたので、もしやと思っていたが…。

 奴は、聖鳴は当然、金石の顔も見ているかも知れない。

 アイツが何故、殺人鬼の真ん前に立っていたのかは、自分には分からない。

 けれど、もし奴が鴉狩りだとしたら…!

 (…いや、まだ早計すぎる)

 しかし、それでもあの時、奴を仕留められていたらと思うと、憤りを隠せない。

 人を殺め続ける、黒装束…だけじゃない。

 そいつを仕留められなかった、自分にも…。

 「…野郎め…!」

 守那は、己の不甲斐なさを嘆いた…。

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亡失者達の祭  鸚鷹 慶総(おうよう けいそう) @alarmbell-2020

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