かみなりさまとおへそ

いざよい ふたばりー

かみなりさまとおへそ

昔々。

どこかの国の山奥に、かみなりさまが住んでいました。


とっても深い森を抜けて、大きな川を越えた先に岩山があり、その山頂にかみなりさまが住んでいたので、たまに道に迷った人間以外、ほとんどの人が姿を見た事がありません。


おや、雷が落ちました。


雷が落ちた先には、小さなかみなりさまが。

この子はかみなり坊や。

どうやら、雷を出す練習をしていたようです。

だけどもあれれ?まだまだ練習中だからでしょうか、小さなかみなりさまに当たってしまったではないですか!

小さなかみなりさまに雷が当たり……

なんと、かみなり坊やのおへそが飛んでいってしまいました!


「あ!ぼくのおへそが……。」

そこへ、様子を見にきたかみなりさまが、

「坊主どうした。おや、おへそがなくなってるじゃないか。」

「おとうさん、たいへんだよ。雷を出す練習をしていたんだけど、ぼくにあたっちゃって、はずみでおへそが!ああ〜ん!」


おやおや、かみなり坊やは泣き出してしまいました。

「よしよし、坊主。泣くな。わしが代わりのおへそを見つけて来てやるから。」


なんとか泣き止んでもらおうと、かみなりさまは必死にあやします。


「いやだい!代わりのおへそなんて。ぼくのおへそはぼくんだい!」


それもそうだ、とかみなりさま。


「わかった、わかった。お前のおへそはどっちに飛んでった。わしが探して来てやるよ。」


その言葉を聞き、かみなり坊やは目を輝かせ、


「ほんと!?わーいやったあ!お父さんだぁいすき!たぶんだけど、西の方角へ飛んでいったような……?」


「西の方角か、う〜む。人間の住んでいる街がある方だな。これはやっかいだ。」


しかし、約束してしまったものはしょうがない。

かみなりさまは、おへそ探しに出かけることになりました。

なんでも、人間ひとりひとりのお腹にくっついてしまってやしないかと、着物をめくって確かめてみる……んだとか。なかなか手間がかかりそうですね。


しかしなんと偶然か、この事を岩陰から聞いていた者がありました。


「なんて事だ。道に迷って何やら音がすると思い来てみれば、えらいもんを見てしまった。」


彼は桑原と呼ばれ、薪売りをしながら暮らしており、町では評判の正直者です。


「かみなりさまがおへそを取りにくるって!?町のみんなに知らせにゃあ!」


息巻いて山を駆け下りて行きました。

う〜ん、ちょっと違うんですけれど……。あまりに突飛な出来事で、聞き間違えてしまったんでしょうか。


さて、夜が明けて桑原がかみなりさまの事を町のみんなに知らせると、


「なんてこったい、それは本当か。いいや、本当かなんてヤボな事。町1番の正直者のあんたが言うなら本当だろう。」


あっという間に町中に知れ渡りました。


さあさ、ここからが大変。

ある者は腹巻をこさえる為に都へ布を買いに、ある者は鍋や鍋の蓋を求めて町中のお店に、それぞれが思い思いの物を求めて、町中はてんやわんやの大騒ぎ。


そこへ、黒い雲が立ち込めてきました。


そう、かみなりさまの雷雲です。


町の人はそれを見て、


「あ、ついに来たぞ!みんな隠れろ!」


みんな一斉に散り散りバラバラ。あっちでぶつかりこっちでぶつかり、なんとか家に入る頃、叩きつける様な大雨が降ってきました。


しかし、なんと運の悪い事。桑原はさっきの騒動で脚に怪我をしてしまい、道端に座り込んでいました。


「うん?あんな所に人間がいるぞ。奴に聞いてみよう。おい、人間!お前のへそを……。」


言い終わらぬうちに、桑原は泣き叫ぶ様に言います。

「ああ、あなたがかみなりさまですね、初めてお目にかかります。どうか、どうかお命だけは。わたくし桑原と言いまして、薪売りをしている者です。あまり売り上げも思わしくないので良いものは食えず、栄養不足。私なんぞ食っても美味しくありません。ほらご覧なさい、お腹も背中もくっつくぞと言わんばかりの痩せこけた腹、枝の様な腕……。おや、こんな所にイボなんてあっただろうか。」


「なんだベラベラとうるさい奴だな。気の済むまで喚け。しかし、お前の喚きも聞いてやるからわしの話も聞け。いいな?」


どうやら話を聞いてもらえるようだ、と一安心。

桑原は深呼吸をし、時間稼ぎの為にかみなりさまに尋ねました。


「もちろんですとも。ところで……。今日は何をしにいらっしゃったんですか?」


「やっと静かになったな。へそを探しに来たのだ。」


やはりへそを取りにきたのかと、青ざめる桑原。

しかし、ふと疑問が頭をよぎり、


「しかし、なんでまたへそなど。かみなりさまの主食かなんかですか?」

「馬鹿言うな。へそなんぞ食うても腹の足しにならんわ。いいか、よく聞けよ……。」


かみなりさまは、自分の息子が雷を出す練習中に、おへそをなくしてしまった事、そして、そのおへそを探しにきた事を伝えました。


「なんだ、そう言う事でしたか。しかしおへそくらいの小さな物、川に落ちた涙のひとしずくより探すのが難しい。う〜ん、困ったなあ。」

もう一つ、桑原には困った事がありました。

勘違いとは言え、町のみんなを騙して大混乱させてしまった。これが勘違いだとバレたらどんな酷い目に合わされるか。考えただけでもゾッとします。


「そのおへそって、どのくらいの大きさの物なんですか?大きさだけでもわかってた方が探しやすいと言うものです。」


かみなりさまは指で大きさを表しながら、

「これくらいだ。」

「あは、ちょうどさっきみつけた、このイボくらいの大きさなんですね。」

さっき見つけたイボをかみなりさまに見せると、かみなりさまは目を見開き、


「これだ!これだよ。よくやったぞ人間。見つけてくれてありがとう。」


桑原はきょとんとしながらかみなりさまを見つめています。


「状況が飲み込めませんが、見つかって何よりです。」

「これで息子も喜ぶ。お前になにか礼をせねばならんな。そうだ、これから先、お前やお前の親戚、子孫の周りには雷を落とさぬ様言い伝える。安心するが良い。名はなんとする。」

「あ、ありがとうございます。桑原と申します。」

これはしめたぞ。なぜかわからぬが感謝している。帰ってくれそうだと喜ぶ桑原。

「ありがとうはこっちの言う事だ。桑原だな、覚えたぞ。それでは桑原、達者で暮らせよ。……と、そうだ。ちと手を貸してくれぬか。最近歳のせいか、空を飛ぶ時に勢いがつかなくてな。背中をおしてくれ。」


「そんな事くらいおやすい御用です。いきますよ、せーのっ!」


桑原がかみなりさまの背中を押すと、かみなりさまは勢いよく飛んでいってしまいました。


それを家の中や物陰から見ていた町の人たちは、桑原がかみなりさまを追い払ったと勘違い。

「よくやったぞ!」

「あなた強いのね!」

「すごいぞ!」

町の人たちは、口々に桑原を褒め称えました。


そして、数年の後。

かみなりさまは雷雲と共におへそをとりにくるが、

くわばらくわばらと唱えると雷が落ちず、おへそも取られないと言う言い伝えが残ったとさ。

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かみなりさまとおへそ いざよい ふたばりー @izayoi_futabariy

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