第3話 乾杯からお色直しまであっという間でした
スペインの路上をイメージしたようなロビーの一角に街灯を思わせる照明があり、そこには「This is MY happy PLACE」と表記された装飾が施されている。当日、私や夫は直に目にする事はなかったが、その場所はウェルカムスペースとしてゲストを迎える役割を果たす。
このスペースはカップルによって様々で、私達はウェルカムトランクの代わりに皆麻が所有しているアルトサックスのセミハードケースをトランク代わりに使用しているのだ。そこには、私と夫が好きなキャラクターのぬいぐるみや、前撮りでプロカメラマンに撮ってもらった写真を収めた小さいアルバム。あとは、お互いが好きなアーティストのCDアルバムもそこに添えられている。
余談だが、私達は結婚式の前撮りをこの専門式場ではない別の写真スタジオにて行っている。理由としては、価格がリーズナブルである事に加え、和装撮影が可能だったり個人の私物持ち込みが可能等、融通がかなり効く事に起因する。また、ウェルカムボードも前撮りで戴いた写真からマイクロオフィスのWordで編集し、印刷したものを額縁に入れて使用している。そういった具合で、前撮り写真のデータは様々な所で活躍していた。
前もって話し合っていた
挙式を終えて、私と夫がゲストより一足先に披露宴会場へ到達した際、私は不意にそう思った。
誰もいない披露宴会場を少し横切っただけだが、テーブルデザインや生花担当のスタッフさんと話し合い、決めた通りの光景になっていたのがとても感慨深かったのである。
「挙式、お疲れ様でした」
披露宴会場の少し奥にある控室にて、堀添さんが私や夫を労ってくれた。
「もう、かなり楽しかったです!」
挙式が終わって少し気楽になったのか、私は上機嫌だったのである。
その後、長いトレーンの一部を外し、披露宴に向けての準備に入る。その間、披露宴会場もゲストが少しずつ中に入っていく。
「新婦のお姉様より、こちらをお預かりしました」
準備中、女性スタッフが控室に入ってきて、私に一つの紙袋を渡す。
紙袋に入った物の中を、少しだけ覗いてみると―――――――――――――陶器のお皿である事が判明した。同時に、それは実姉の夫であり、義兄のご両親からの贈り物だという事を知る。
「そうか、お姉さん夫婦が預かっていたんだね…!」
「本当だね…!」
この時、私と夫は思いがけない贈り物に対して、とても暖かい気持ちになっていたのである。
「新郎新婦が入場します。盛大な拍手でお迎えください」
準備が整い、披露宴の司会進行を務める穴守さんの
が会場に響き渡る。
ゲストを一瞥して一礼をした私と夫は、堀添さんの指示にてその場で制止する。玉岡さんが写真を撮り終えたのを皮切りに、高砂へと移動していく。
最初は新郎の挨拶に始まり、乾杯酒が注がれた後は夫の職場にて上司に当たる方が、乾杯の挨拶をして戴くというのが、最初の流れだ。夫が事前に披露宴で話すスピーチを練習していたのは知っていたので、「人前で話す事はやはり緊張するよなぁ」と、彼らのスピーチを聴きながら、私はしみじみ思っていた。
「…乾杯!」
スピーチを終え、綺麗な青色のお酒が注がれたグラスが一瞬だけ高く掲げられる。
ゲストはその後に乾杯酒を戴く訳だが、私と夫はその前にやる事があった。それは、カメラに向けてグラスとグラスを合わせて乾杯する仕草をする事だ。後日、玉岡さんが撮影してくれた写真を見返した際、前日にネイルサロンで施術してもらった指と指輪のはまった指がしっかり写った写真を発見する。
そして余談ではあるが、この乾杯酒としてゲストや
「披露宴の最中、新婦は食べる暇ないと思うよ」
以前、実姉にこう言われた事がある。
いざ自分がその立場になり、姉の言う通りの現実となった。というのも、乾杯を終えて料理が少しずつ運んでくる傍ら、ゲストとの写真撮影があったからだ。
私の友人や夫の友人。夫の職場の方から、私の親族等―――――――――新郎新婦はその場を動かなくて良いとはいえ、談笑の時間はあっという間に過ぎてしまう。
後々のために、少しでも食べておかなきゃ…!!
表情こそは微笑んでいるものの、私の内心はそんな想いがいっぱいだった。
そのため、乾杯酒とジュース。メインのお肉辺りは、一・二口食べられたはずだ。一方で、夫の職場の方や友人の方とは初対面なので、写真撮影をする間の会話が何気に楽しかった。夫の友人で、過去に私と同じアルトサックスをやっていた方がいたり、私の叔父が夫と同じ学校(キャンパスは違う)の卒業生だったという話は、実は私も初耳だった。その件については、夫も嬉しそうに話していたのである。
それと、私としては、二人の祖母に会えた事が何より嬉しかった。
「おばあちゃん、遠くから来てくれてありがとうー!!」
私は、高砂まで来てくれた祖母に対し、嬉しそうな声音で話す。
父方の祖母は同じ東京都内在住なので割と会いやすいが、母方の祖母は遠方――――――北海道より、
「なかなか食べられないでしょー!」
「はい、本当にそうですね…!」
私の姉夫婦が高砂に顔を出した際、義兄が夫に対してそんな話をしていた。
横には姪もいて、初めて参加する
ひと時の談笑の後、ウェディングケーキの入刀へとプログラムは進む。
披露宴でのウェディングケーキは、高さのあるイミテーションケーキと長方形等に多いオリジナルのケーキと2種類あるが、私達は後者である。事前に、パソコンで手書きしたイメージ画像を渡部さん経由で担当者に渡していた。
そのデザインは、アルトサックスとギターが描かれ、周りにはチョコレートで形作られた音符にこの日の日付が描かれたケーキだ。私と夫の共通の趣味が音楽で、お互い出逢った頃より前から自分の楽器を所持し、趣味としてやっていた次第だ。そのため、ケーキにデザインしてもらうためにそれぞれ楽器の画像を同時に渡部さんへ送ったりもしていたとはいえ、その再現度の高さに感激していた。
また、ケーキ入刀の際に玉岡さんによる撮影は勿論の事、ゲストの多くがスマートフォンのカメラを向けて新郎新婦を撮影していたのは、言うまでもない。
「まずは、新郎から新婦様へゆっくりと一口お願いします。また、皆様は“あーん”の唱和をお願い致します」
ケーキ入刀を終えた後は、穴守さんの
ファーストバイトは、新郎から新婦への一口は「一生食べるものに困らせないから」、新婦から新郎への一口は「一生おいしいものを作ってあげる」という意味が込められているが、この時は流石に意味合いについて考える余裕がないくらい披露宴を楽しんでいる自分がいた。夫から私にスプーンひとさじ分食べさせてもらった際、(当然だが)甘くておいしかったのはよく覚えている。
「では次に、新郎様から新婦様へ、想いを大きくお願い致します」
穴守さんがそう述べた頃、私は普通サイズよりかなり大きなスプーンを渡されていた。
こ、これで夫に食べさせるのか…!!
実物の大きさを目の当たりにしながら、私はスプーンでケーキを一口取る――――――――のはずだったが、勢い余ったのか、かなり多くすくいあげてしまった。
それでも、大口開けて夫が可能な限り食べてくれたので、恥ずかしさと共に彼への感謝の気持ちで一杯になった次第です。ひとまず、後日見た動画を確認する限り、ゲストの皆様が楽しんでくれていたようなので良かった事にします。
ひとしきり会話なども弾み、新婦がお色直しで一旦退場する事となった。
私と共に退場するのは、実姉と姪。最初は姉のみにお願いしようと思ったが、3人というのも見栄えが良かったりするのもあり、過去に実姉の結婚式で私がアルトサックスの演奏をしたという事もあったので、お願いしてみたという経緯になる。
「妹さんに、一言をお願いします」
穴守さんが、姪を抱き上げている姉に対してマイクを向ける。
実は、お色直し退場は事前にお願いしていたものの、一言インタビューをやる件については姉に伏せていたのだ。
サプライズ、大成功―!
姐が照れながらも答えている
いざ退場の時となり、最初は私と姉の間に姪が入り、3人並んで進もうとしていた。しかし、照れているのか恥ずかしいのか、そういう複雑なお年頃な姪は手を繋いでもすぐに離してしまったため、結局は私が先頭で歩き出し、その後ろを姉と姪が続いた。
姪に関しては、その可能性もあるだろうとは思っていたので、特に不快に思う事なく私は披露宴会場を一旦退場する。
「お疲れー!」
私が控室に到着してから数分後―――――――――後からお色直し退場をした夫が、控室に入ってくる。
この時、私はお色直しでドレスの着替え等で忙しくしていた。
「そうだ。姉が姪のお色直しで、
みたいだけど、いいかな?」
「あぁ、大丈夫だよ」
私は、談笑時間の時に聞いた話を、夫に伝える。
すると夫は、すぐに快諾してくれた。
あ、プロフィールムービー流れているなぁ…!
お色直しをしてもらっている間、私は控室の扉の外から響くBGMに耳を傾けていた。
新郎新婦の控室は、披露宴会場を構造上、会場の「中」に控室がある造りとなっている。そのため、ゲストがいる会場のBGMがよく響いてくるため、お色直し中でも聴こえるのだ。
プロフィールムービーについては、詳細はここでは書きませんが、夫と私自身の部分は各自で作り、「二人の思い出」部分は共同で動画を制作している。その共同で制作した動画のBGMでは、私の好きなOLDCODEXというロックバンドの曲もちゃっかり入っています。
「ごめんね、娘の着替えさせてもらうわー」
その後、スタッフに連れられて実姉と姪が控室に入ってくる。
「さて、●●ちゃん(筆者)のお色直し見たら、嫌がらずにできそうかなー?」
実姉は、そんな事を姪に話ながら着替えさせていく。
それから数分後―――――――――――お色直しが終わった私と夫は、再度入場するために所定の位置へと移動していくことになるのであった。
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