第2話 厳かなる挙式

  右…左…

私は、前に踏み出す足の順番を間違えないように進む。

オーボエの主旋律とオルガンの伴奏がチャペルに響く中、新婦と新婦の父親はバージンロードを進む。都内最長とも云われるこのバージンロードは、ウェディングドレスを身に着け厚底靴を履いた今の状態だと、確かに長く感じる。

因みに、実父とは新婦入場で最初にどちらの足を踏み出すかの相談は事前に行っていた。しかし、場所の都合もあり、ぶっつけ本番で当日を迎えたのであった。

 あぁ…。いよいよ挙式だ…。テンションあがるなぁ…!

私は、バージンロードをゆっくりと歩きながら、そのような事を考えていた。

入場前に軽く躓いた事で緊張がほぐれ、生演奏に耳を傾ける余裕もできている自分がその場にいる。左側に新婦側。右側に新郎側の招待客が座り、多くの人がスマートフォンや一眼レフカメラを向けているのが、薄暗い照明の中でも少しだけ見えた。

近年、ホワイトチャペルの式場が多いが、この会場は他とは異なる。完全にブラウン調のチャペルであり、まるで洞窟の中にいるようだ。一方、牧師らの後ろには見事なステンドグラスが存在し、厳かな雰囲気が更に増しているだろう。

ゆっくりと進み、新郎の元へたどり着いた後、実父に添えていた私の腕を夫へと手渡す。

 「新婦はそのまま動かさなくて良い」と言われていたので、不思議な心地だな…

私は、白い手袋グローブをした自身の右手が夫へとバトンタッチする瞬間ときを目で追いながら、内心でそんな事を考えていた。

また、ベールが下ろされている事で、それ越しに見える夫や実父。そして、周りの風景がどこか神秘的ですら感じていたのである。


私達があげる挙式は、キリスト教系の挙式だ。そのため、讃美歌を歌う等の一般的な事も行いながら、時は進む。準備期間中、挙式の流れをウェディングプランナーの渡部さんと確認した際、この会場ならではの手順ものが一つあり、珍しいと当時感じていた。それは―――――――――――――

「新郎の親御様にお伺いいたします。お二人の結婚を、祝福なさいますか」

根津さんは、新郎の両親に問いかける。

「はい、祝福します」

それに対し、義父と義母は声を揃えて答えた。

このやり取りは、私の両親に対しても行われた。新郎新婦の両親に問いかけた後は、参列しているゲスト全員にも問いかけるという流れである。

ゲスト全員は祝福の証として拍手をする事になっているのだが、チャペル中にその音が響き渡った途端、不思議と何かが軽くなったような不思議な心地がしたのである。


根津さんによる聖書朗読が終わり、いよいよ指輪交換をする場面と移行する。

その時に初めて、夫と向かい合う事になるが―――――――――彼の背後に見える人影が、私の視界に入ってきていた。その人影とは、この挙式中に生演奏を披露してくれているフルート奏者の女性だった。当然、この時は演奏をしていない瞬間ときだったため、音は出していない。また、当の本人も誰にも見られていないと思っていたのか、少し気の抜けたような表情をしていたのが見えてしまったのである。

ただし、自分も楽器をやっている傍ら彼女のような仕草をする行動はよく解るものであり、好意的に感じていたのであった。

今思えば、挙式最中によくそちらに気が付いたものだなと自分でも不思議に思える。

ともあれ、正面から夫の表情かおを見ると、かなり緊張しているのがよくわかる。一方で緊張がほどけている私は、「このお互いを見つめ合っている瞬間ときがもっと長く続けばいいのに」と考えていたのであった。

指輪の交換は、新郎が新婦に指輪をはめた後に新婦が新郎に指輪をはめる。

実母が手作りで作ってくれたリングピローの上には、二つの指輪が存在する。本来花嫁はここで、身に着けている手袋グローブを一度外す事になるのだが、私の場合はその必要がなかった。というのも、「手袋グローブを外す手間を省ける」というメリットやデザインが良い事もあり、フィンガーレスのグローブを身に着けているからだ。

このフィンガーレスのグローブは指が露わになっている訳だが、外れにくいようにできている。色や素材は普通の手袋グローブと同じだが、レースの先端部分に中指を通すゴムのような部分があり、そこを花嫁の中指に通してはめる手袋ものだ。

それもあってか、新郎から新婦への指輪交換は恙なく終わる。

しかし、新婦から新郎の指へ指輪をはめる際、私が上手くいかずてこずるという展開が待っていた。

 わー!!うまくいかないよー!!!

私は内心で焦りながらも、何とか夫の薬指に指輪をはめる事に成功する。

当事者である私はかなり焦っていたが、後ろの方で見ていたゲスト辺りは何が起きたのかわからなかっただろう。もしくは、忘れてくれている事を祈るばかりだ。


その後、結婚誓約書に新郎と新婦の名前を書く。

新婦の場合、結婚誓約書ここで書く名前の事を「ラストネーム」と呼び、結婚式このばが旧姓の氏名を最後に書く瞬間ときという事から、そう呼ばれているらしい。後ろから見ているゲストはよく見えないかもしれないが、当の本人は「私は結婚するんだな」という実感が改めて湧いたのである。

余談だが、当日に玉岡さんが撮ってくれた写真を後日拝見した際、この「ペンで署名している指とペン先」をしっかり写している写真を発見する。

それを見て、プロカメラマンの凄さを体験したのであった。


ヴィクターさんが署名の終えた結婚誓約書をゲストに見せた後、当人達やゲストから見ても一番の山場―――――――――――――――誓いのキスをする場面が、この後に続く。

しかし、この瞬間は執筆するに恥ずかしくもあるので、割愛させて戴きます。(申し訳ございません)

ただ、この瞬間は周りの音が聞こえなくなるくらい満たされていて、(本当は割と長めな場面シーンだったが)あっという間に過ぎていった事は、言うまでもない事実であった。


その後は、新郎と共に退場。長いトレーンを引きずっている事もあって早くは進めないが、入場時に比べると足取りが少し軽くなったような気がした。チャペル全体の空気が変わった事もあり、少し気楽になったのかもしれない。

「新郎新婦が退場致します。皆様、暖かい拍手でお送りしましょう」

ヴィクターさんの台詞ことばを皮切りに、オルガンの音色が響き始める。

ゲストによる拍手とコーラスの歌唱がチャペルに響く中、新郎新婦は退場していく。開かれた門をくぐって退場する前に、ゲストの方へ振り返って一礼をするのだが、この時一瞬だけ違和感があった。

 あれ…天使の羽、舞ったっけ?

その時感じた違和感は、一礼をした後に上から降ってくる白い羽の存在だった。

その実態は、一礼をして視線が下に向いていた事で降ってくる白い羽を見落としていただけのようだった。後日、夫とその話をした際も「ちゃんと舞っていたよ」との事だったため、どうやら私の勘違いだったようだ。そのため、当時は内心で恥ずかしく感じていたのである。

一旦退場した私と夫だったが、実際はまだチャペルの隅っこで立っていて、先に出るゲストを一旦見送っていた。そして、両親や親族と集まって集合写真を撮影してもらった後、「準備」も兼ねて両親や親族が先にチャペルを後にする。

「入場の時、こけそうになったでしょ」

チャペルから一旦出る際、新婦側の伯父が私に告げる。

その伯父は、気さくで面白い性格の男性かたで、この時述べた台詞ことばも絶対に言われるだろうなと退場時に思ったくらいだ。

そんな家族や親族を一度見送った後、扉の向こう側の「準備」が整った頃を見計らい、私や夫もチャペルを後にする事となる。



扉が開かれた先には、生演奏をするトロンボーン奏者の方や親族を始めとするゲストたちが待ち構えていた。そう、挙式後に行われるフラワーシャワーだ。

手前に両親や兄弟・親族や友人。夫の職場の方等、ゲスト全員の両手にはいくつもの花びらが握られていた。

「おめでとー!」

この台詞ことばが最初に聴こえてきたのが、夫の実妹だった。

一歩一歩進むごとに、花びらが宙を舞う。その光景を見ると、温かみがまた一段と上昇する。ゲストの中には、実姉の娘で当時は3歳だった姪や、夫の友人であり、ご家族で参列してくれた方の娘さんなど、幼いゲストの姿を見ると少し和む。

余談だが、玉岡さんが撮影してくれた写真の中で、私と夫が最も気に入っている写真が、このフラワーシャワー時の写真ものである。お互い満面の笑みを浮かべ歩く姿は、自分で言うのもおかしな話だが、本当に幸せそうに見えたといっても過言ではない。

そして、新婦側には私の友人。新郎側には、夫の職場の方が祝福してくれた後、奥まで進んで振り返り、ゲストへ向かって一礼をする。

これを以って、挙式が終了し、新郎新婦及びゲストは披露宴会場へと移動する事になる。

因みに、フラワーシャワーの後にブーケトスを行うという流れは、結婚式としては王道だ。しかし、私達はやらなかった。その理由は、花嫁わたしが上手く投げられる自信がない事と、男女関係なく楽しんでもらいたいという私と夫がそう考えたためだ。

その代わり、この後執り行われる披露宴にて、ブーケトスに代わる余興をする事になるのであった。

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